デリンジャー・カスタムズは、今日もエンジン音とディスクグラインダーの稼働音と豪快な笑い声で賑わっている。
この自動車修理工場の親玉は、チャージャー・ジョーこと亀山譲。なぜ「チャージャー・ジョー」かというと、彼は69年式ダッジ・チャージャーを所有しているからだ。この男と弟のロードランナー・ケンは、アメリカのマッスルカーマニアとしてその名を国内外に轟かせている。
「おい、ケン! 先週預かったバイパーの塗装は終わってるのか?」
ジョーは大声でケンに呼びかける。
「よう、兄貴! 今日は随分と早起きだなぁ。なんかあったのか?」
「酒は最近控えてるからな。おかげで目覚めも早ぇんだ。……それより、例のバイパーは仕上がってるのか?」
「さぁな。それはトミーに聞いてくれ」
そう返されたジョーは、
「何でぇ、テメェの部下の仕事すら把握してねぇのか」
と、呆れがちに言った。
「仕方ねぇだろ。ここんところは重体患者ばかり相手にしてたんだしよ。兄貴も見ただろ? オイル交換サボりまくったビートをよ。ありゃ相当難儀したんだぜ!」
「ああ、あれか。クルマってのはオイルを交換しなきゃやがて動かなくなるってことを知らない奴が多くなっちまったな。……だが、それは塗装部門の人手を割くもんじゃねぇだろ?」
「だからバイパーはトミーに任せたんだがな」
兄弟がそんなことを話し合っていると、
「ジョー! ケン! ちょうどよかったぜ。ちょっとツラ貸してくれ!」
と、塗装部門のトミーがアメ車兄弟に話しかけた。
「よぉ、トミー! 例のベイビーはちゃんと仕上げてあるかい?」
「ああ、バッチリさ! 今回はな、自分でも大したもんだと思えるほどの出来なんだ。あんたの前で胸を張れるほどな」
「そりゃあ楽しみだぜ! 早速見せてくれ」
兄弟はトミーに導かれながら、塗装エリアにつま先を向けた。
そこにあるのは、2003年式の2代目ダッジ・バイパー。日本人の鹿戸治がデザインしたことで知られる名車だ。そしてこのバイパーのボンネットには、江戸時代の浮世絵師歌川国貞の『木の葉天狗』が堂々と描かれている。
この木の葉天狗は、バイパーの所有者が希望したエアブラシアート。手がけたのはトミーだ。彼は江戸時代の浮世絵を取り入れたアートを研究していて、その腕前もカーマニアの間で徐々に知られるようになった。
「おおぉぉぉ……こりゃあ凄ぇや!」
「おいおい、こいつはマジで大したもんだぜ!」
右手に刀を持ち、翼を広げて飛び上がる木の葉天狗はバイパーの雄姿に見事溶け込んでいる。このままバイパーが飛翔してしまうのでは、というほどの迫力だ。
「どうだい、こいつはワルだろう? 俺の尊敬する国貞を思う存分描かせてくれたんだ。冗談抜きで全身全霊込めてみたぜ!」
そう言って胸を張るトミーに、
「兄弟……こいつは恐れ入ったぜ!」
と、ジョーは感激の言葉を放ち、同時にトミーを抱擁した。
「やっぱりこの仕事をお前さんに任せて正解だった。トミー、お前さんは最高のペイントアーティストだ!」
「俺も感動したぞ、トミー!」
ケンも感極まりながらトミーの肩を叩き、
「今回のお前は大殊勲だぜ! トミー、今夜は俺たちと祝杯を上げるぞ。お前の好きなボトルを開けさせてやる!」
豪快にそう告げた。
その時、
「おい、こりゃあ国貞じゃねぇか? なかなか立派に描けてるな!」
1組のカップルが、ジョーたちの背後を取るように歩み寄ってきた。
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