【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵! 異世界の凶悪敵女魔操師、偵察という名目で旦那さんと日本国内旅行&食い道楽

異世界と日本を行ったり来たりしながら、調査旅行で伝説の魔物を発見せよ!
ジャワカレー澤田
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32 地方の図書館を支援する方法

公開日時: 2022年7月3日(日) 20:00
文字数:1,803

「それにしても、まさかここまで遠出した理由が図書館に行くため……とはね。河童そのものじゃなく、河童の研究書を読むためなんて」


 真夜は他の利用者の迷惑にならないよう、囁くような声で孝介にそう笑いかけた。それに対して孝介もそよ風のような声で、


「実はな……この本はネットでも全ページ読めるのさ」


 と、返した。


「えっ!?」


「そりゃあお前ぇ、この水虎考略は史料価値の高い文献だからな。国会図書館も宮内庁書陵部も、この本をスキャナーにかけて公開してる。あとでググってみろ」


 孝介はさらに、


「ついでに言えば、水虎考略は都内や神奈川の図書館にもある本だ」


 と、告げた。


「それじゃあ、どうしてわざわざここまで……」


「俺も最初は、わざわざ愛知に行かんでも江戸時代の文献なら国会図書館にあるはずだと思った。が、俺に岩瀬文庫へ行くよう言ったのはボスなんだ」


「山木田先生が……?」


「そうだ。どうしてそんな回り道をしなきゃいけねぇのか、ボスに命令された時は分からなかったんだがな……」


 孝介は頭を掻きながら、


「だが、そのあたりもボスはしっかり説明してくれた。地方の歴史ある公営図書館は、俺たち物書きが支えないといけねぇってことさね」


「……ちょっと話がよく見えないんだけど」


「要するに地方の図書館も積極的に利用してやらねぇと、民間企業の資本が入っちまうってぇことだ」


 その言葉に、真夜はますます頭を抱えてしまう。


「それはつまり……民間の会社が図書館におカネを出してくれるってことでしょ? いいことだと思うけれど」


「そこまで単純ならいいんだがな。民間企業は、どうしても利益のことを第一に考える。……これはある町の図書館で本当にあったことだが、そこは民間企業の資本を受け入れて建物を拡張した。中身も蔵書も全部取り替えて、大衆受けする図書館にリニューアルしたのさ。実際に利用者も増えたんだが」


「……ちょっと待って。蔵書を全部取り替えたって?」


「ああ、問題はそこだ。本屋で平積みされている文庫本やらハウツー本やらが増えた代わりに、普段は殆ど閲覧予約の来ない古書や資料がなくなっちまったんだ。この水虎考略のような本が何千冊単位で、どこかに売り飛ばされたらしい」


「えっ……!」


 真夜は孝介の言葉に絶句した。数百年前の歴史や現象を今に伝える史料を、利益優先で売却する……?


 確かに古書は、誰しもが気軽に読めるものではない。真夜も古い日本文語は全く解読できない。が、それなら古文が読める誰かに訳してもらえばいい。古書はその国の貴重な記録である。目先の利益のために処分できるような代物ではないはずだ。


「この岩瀬文庫を建てた岩瀬弥助ってのは、郷土の歴史人物だ。地元に鉄道を作っちまったほどの資産家だったらしい。そんなオッサンが西尾市民のためにあちこちの古書を集めて惜しみなく公開したのが、岩瀬文庫の始まりだ」


「ええ、その話は聞いたわ。外にあるレンガ造りの建物、あれがもともとの書庫だったのよね?」


「そうだ。そこまで歴史のある図書館や資料館を、単に“維持費がかかるから”という理由で民間に売っちまうのは酔狂の極み……というのがボスの言葉だ。俺はその言葉に賛成した。だからお前と一緒にここにいる」


 孝介は音量を抑えつつも語気を強め、


「岩瀬文庫が今すぐどこかに買収されて民営のナンタラ図書館になっちまう、というわけじゃねぇ。だが、将来そうなる可能性もあるかもしれない。それは岩瀬文庫に限らず、全国どこの図書館も同じだ。そういう可能性に対抗するためには、確固たる既成事実が必要なのさ。俺たちライターがガソリン代と高速料金を費やしてここを利用した、という既成事実がな」


 と、真夜に告げた。


「……そうね。たとえ利用する人の数は少なくても、コウや山木田先生のような文章で食べてる人が図書館に行って調べ物をすれば、蔵書を売り払うなんて愚かな真似はできないわね」


 そう言葉を返す真夜自身、日本の図書館には何度も世話になっている。そもそも図書館は闇の地では限られた一部の者しか利用できない施設だが、日本では老若男女問わず誰しもが利用している。「図書館が国民の知識レベルを支える」ということは、真夜が神経の隅々まで感じ取っている事実だ。


 真夜が日本に失望する時があるとすれば、それは公営の図書館がなくなった時である。図書館こそが、この世界の者ではない真夜を快く受け入れてくれる「憩いの場」なのだから――。

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