静岡県静岡市は、山と海岸の狭間にある僅かな平野部に所在する都市だ。
山間部は茶の段々畑になっているところが多く、緑色がよく映えている。これなら何時間眺めていたって飽きねぇな……と孝介はロードスターを運転しながらそうつぶやいた。
「このあたりはみんな茶農家なのかしら?」
「そうだな。静岡は茶の一大産地だ」
「コウ、あとでお茶買っていかない? 私、緑茶大好きなの」
「そうだったな。帰りに買っていこう」
そう語り合いながら、夫妻は細い林道へ入っていく。
平成16年に開通したこの林道は、舗装されてはいるものの幅が狭い。クルマ1台が通れる程度だ。やはりここは「林道」である。対向車がやって来たら、どちらかが間近の路肩に寄せるしかない。
「畜生! こういう時にオートマ車が羨ましくなるぜ」
孝介は傾斜の利いたカーブを、細かなクラッチワークを繰り出しながら駆け抜ける。
「林道はやっぱバイクで来るべきだってぇことだな。それか、もう少し小さくて小回りの利くクルマに乗り換えるか。そうさな……ダイハツのコペンなんかいいかもしれねぇなぁ。あれもオープンカーだしよ」
「クルマを替えるの? ダメよ、そんなの」
真夜はそう返し、
「このクルマ、凄く乗り心地がいいから手放しちゃダメ。私が許さないわ」
「……そういえば真夜、お前ロードスターに乗り換える前のクルマをボロクソ言ってたよな」
「あれは背中にしっくり来なかったわ」
「毎年高い税金払って乗り回してたアメ車だったんだがな。お前が“疲れる”だの“居心地が良くない”だな“乗りたくない”だのワガママ抜かすもんだからよ」
孝介がそう苦笑すると、
「……ねえ、コウ。それでピンと来たんだけど」
「何だ?」
「もしかして、あのクルマを手放してこれを買ったのは私の言うことを聞いたから?」
真夜はそんなことを孝介に問いかけた。すると案の定、「はっ!」という笑い声が返ってきた。
「そんなんじゃねぇよ。こいつを買ったのはたまたまだ。アメ車のジョー……ほら、大黒PAで会った派手なオヤジがいただろ? 奴の修理工場にこいつが入ってきて、俺に格安で譲ってくれたんだ。もちろん、フルレストアした上でな。代わりに今までのクルマを奴にくれてやったってわけだ」
「でも、私がいろいろ言わなかったら今でもあのクルマに乗ってたんでしょう?」
その質問に、孝介は答えなかった。代わりに真夜の頭に大きな左手を当て、優しく撫でた。
そうこうしているうちに、ロードスターはいよいよダイラボウに差しかかった。
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