【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵! 異世界の凶悪敵女魔操師、偵察という名目で旦那さんと日本国内旅行&食い道楽

異世界と日本を行ったり来たりしながら、調査旅行で伝説の魔物を発見せよ!
ジャワカレー澤田
ジャワカレー澤田

59 孝介の憂鬱

公開日時: 2022年7月11日(月) 18:00
文字数:1,828

「素晴らしい人だったわ、品山さん! あれこそこの世の頂点に君臨する神、という感じね」


 上野のホテルに戻ってからも、真夜の感動は冷めていない。


 今夜、真夜は魔王を超えるオーラの持ち主を初めて見てしまった。しかもそれは、闇の地ではなく日本での出来事。孝介が度々話していた「横綱」と知り合えたことは、己の任務を抜きにしても貴重な体験だ。


 さらに真夜は、品山親方とその女将の連絡先をも手に入れた。「もしもマツに関して何か悩むようなことがあったら、いつでも連絡をください」とまで告げた。品山夫妻はどこまでも懐深く、初対面の真夜に対しても木漏れ日のような温かさを向けてくれた。


「コウも品山さんを見習って、もっと上品な男になりなさい」


 シャワー上がりの真夜は、胴体にバスタオルを巻きながらベッドに腰掛ける孝介に説教した。


 が、孝介はどういうわけか上の空だ。


「コウ? ……コウ?」


「ん? あ、ああ……」


「どうしたの?」


「いや、何でもない。少し飲み過ぎた」


 孝介はそう言うが、


「そう? 今夜のコウ、そこまで飲んでなかったような気がするけど」


「……少し体調が悪くなっちまった」


「熱でも出したの?」


「どうかねぇ」


「もしかしたら疲れたのかも」


 真夜は孝介の左隣に密着するように座り、


「考えてみたら、7月からずっと何かしらの取材やら調査やらで動き回ってたわね。その疲れが今出てしまったのかも。……コウ、今夜はそのまま寝ていいわよ」


「ああ、そうする」


 孝介と真夜は、そのままふたりでベッドに潜り込んだ。


 ただし、まぐわいは一切行わない。


 *****


 ここは魔王城の書斎。何百冊もの魔導書が詰まった本棚と、それを目前にする巨大な机、そして天狗に関する報告書を読む魔王デルガド。


 ヒルダはデルガドの机の前で片膝をついて首を垂れ、主人の読了をひたすら待った。


 デルガドは今日も、全身から黒く漏れ出るような圧を放っている。これを刺激すれば、彼の臣下に過ぎないヒルダなどたちまちのうちに消されるだろう。


 が、以前のようにデルガドの気配を「極上の畏れ」と感じなくなったのも事実だ。


 さらに付け足すと、あの日の御徒町で知り合った品山親方のほうが威厳と畏れ、そして存在の大きさに満ちている。富士山のようなあの圧に比較したら――正直、デルガドは修行不足ではないかと思えるほどだ。


「ヒルダよ」


 報告書を読み終えたデルガドは、目前に跪くヒルダを呼んだ。


「お前はよくやっている。この報告書も興味深いものであった」


「魔王様のお褒めに与り、光栄の至極でございます」


「そこで、だ――」


 デルガドは椅子から立ち上がり、


「この世界でのお前の任をすべて解く」


 と、ヒルダに告げた。


「……は?」


「お前は異世界の魔物や異世界人共の風習、文化、兵力を調べよ。今まで以上にその任に打ち込むのだ。余に報告する時を除いて、この世界にいてはならぬ。異世界へ行けるのはお前しかおらぬのだ、ヒルダよ」


 それを聞いたヒルダは、目先がパッと明るくなるような感覚を覚えた。


 つまり、偵察任務のために極力日本で暮らせということだ。この世界で光の地の連中と戦う必要はなくなる。


 いつまでもコウと一緒にいることができる!


「お前が異世界で養っているという奴隷も酷使し、余の期待に応えよ。決して怠るでないぞ」


「仰せのままに!」


 そう返答したヒルダは、そのまま「橋」を渡った。


 私はなんて幸運な女なんだ! 「橋」を渡る最中、ヒルダは躍る旨を抱えながら今夜の夕食について考えた。そうだ、今夜はみかみに連れてってもらおう――。


 *****


「ミアよ、面を上げよ」


「橋」を渡ったヒルダと入れ替わるように書斎に入室したミアは、デルガドの言葉を聞いて顔を上げた。


「キシロヌ王国の例のパーティーだが、お前もよく知っているであろう」


「はい、魔王様」


「異世界からの転移者レイト……いや、ヒューとかいう光の魔操師であったな。“橋”を持つ者は」


 デルガドは躊躇いの様子を一切見せず、


「明日のうちに殺せ」


 と、ミアに告げた。さらに、


「“橋”を渡れる光の魔操師など、邪魔でしかなかろう。あのパーティーはヒルダを殺し、余が異世界に覇を唱えることを阻止しようとしている。……こちらの計画が既に光の地の者に知られているということだが、ならば尚更だ。ヒルダを今失えば、誰も異世界には行けなくなる」


 デルガドはミアの胸を突き刺すような口調で、


「お前にはアンデッドの小隊を授けよう。躊躇はいらぬ。ヒューを抹殺せよ」


 非情な命令を下した。


「仰せのままに、魔王様」

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