【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵! 異世界の凶悪敵女魔操師、偵察という名目で旦那さんと日本国内旅行&食い道楽

異世界と日本を行ったり来たりしながら、調査旅行で伝説の魔物を発見せよ!
ジャワカレー澤田
ジャワカレー澤田

45 ヒルダは都内にいる!

公開日時: 2022年7月8日(金) 19:30
文字数:2,336

 光の地から日本に戻ってきたヒューは、気配を探っていた。


 日本、というよりこの地球上に異世界からの魔操師は2人しかいないはず。自分とヒルダである。そして魔操師である以上、その魔力が気配としてどうしても露出する。それを察知すれば、大まかではあるがヒルダがどこにいるか分かるのだ。もちろん、ヒューと彼女との距離が遠ざかれば遠ざかるほど察知は難しくなるが――。


 しかし、今回は難なくヒルダの気配を見つけることができた。


 ヒューの日本での実家は中野区。そしてヒルダは、どうやら東京都内にいるようだった。それも中央線と山手線を乗り継げばすぐにでも行ける、JR上野駅周辺である。


 ヒルダは恐らく、自分が「橋」の使い手だとはまだ知らない。まさか光の魔操師が都内にいるとは、夢にも思っていないだろう。ヒューはそう思案すると同時に、ヒルダの日本での生活についてもいろいろと想像を凝らしてみた。


 一体、あのおばさん魔操師は日本でどんな暮らしをしているのだろうか。誰か適当な人を洗脳して操っている、ということもあり得る。だとしたら、その人を救出しないと!


 が、今はまだパーティのメンバーを日本に呼んでいないから、ヒルダと戦うのは危険だ。


 不安を抱えたヒューは、中央線と山手線を乗り継いでJR上野駅まで足を延ばした。するとここで、ヒルダの気配がより大きくなる。いや、それどころじゃない。ヒルダの魔力がどこから発生しているのか、手に取るように分かる。


 ヒューは魔力の根源へ向け、駆け出した。


 たどり着いたのは上野動物園の西側、動物園通りだった。上野精養軒という結婚式場を歩道から見上げる、1組のカップルがいる。男のほうは身長こそ自分と同じくらいだが、腕と胸がやたらと太いアロハシャツ姿のオッサンだ。首に太い金のネックレスをかけ、靴は白の蛇革、左手首に高そうな腕時計をはめている。もしかしたら反社関係の人なのかな……と思わしき外見の人物である。


 そして、女のほうは明らかに見たことのある人間だった。


 背中まで伸びた漆黒の髪、切れ長の目、腰のくびれ、タイトスカートから伸びる長い脚。さらに、全身からみなぎる魔力。


 やっぱりこの世界にいたんだ、闇の魔操師ヒルダ!


 ヒューはその場で身構えた。が、どうやらヒルダはこちらに気づいていない。男と手をつなぎながら、上野精養軒を指差してはしゃいでいる。


 やがてヒルダと男は、上野精養軒前から移動し始めた。ヒューはそれを追う。ヒルダは俺の気配に気づかないのかな? という疑問もあるが、今更細かいことは気にしない。どのみちこの状況は、ヒューにとって都合がいい。


 尾行の末、ヒューは近くの神社に到達した。


 どうして闇の魔操師が神社になんか行くんだろう? ヒューは首を捻ったが、もしかしたらここで破壊活動でもするんじゃないかと思うようになっていった。あのヒルダならやりかねない。ここは何としても阻止しないと!


 けれど、どうやって阻止すればいい? こんな人通りのある場所で魔術バトルなどするわけにもいかない。ここは光の地でも闇の地でもなく、平和な日本なのだ。自分の無茶が、かえってここをカオスにしてしまう可能性もある。


 が、やはりヒルダの行為は見逃せない。


 悩みに悩んだヒューはとりあえずカップルの背後から近づき、


「あ、あの――」


 と、平和的に声をかけてみることにした。


 すると、2人が同時に振り返る。女は鋭く残忍な目つきが特徴のヒルダ、男は今にも殴りかかってきそうな反社関係者である。ヒューは心臓を鷲掴みにされる感覚に襲われた。同時に、彼の口が石のように膠着してしまう。


 ヒューはもともと、他人と話すのが得意ではない。「あ、あの――」と声をかけたはいいが、その後に何を話せばいいのかまったく分からない。


「呼んだか、兄ちゃん?」


 男がヒューにそう声をかけた。が、ヒューの全身は緊張と恐怖ですっかり固まっている。もはや言葉を捻り出すどころではない。


「俺たちに何か用か?」


 大きな岩のような男がもう一度ヒューに問いかけた時、


「ねぇ、この子コウのファンじゃないかしら?」


 と、ヒルダが男にそう言った。


「ファン?」


「この子もきっと、史跡巡りでここに来たのよ。そこへたまたまコウに会って声をかけたってことだと思うわ」


「俺のファン、ねぇ」


 男は頭を掻きながら、


「兄ちゃん、俺の記事読んでくれてるのか?」


 と、ヒューに質問した。


「ファン」だの「史跡巡り」だの「俺の記事」だのと、ヒューにはまったく心当たりのないフレーズが男女の口から飛び出している。が、ここは話を合わせるしかない。ヒューは頷き、


「は、はい! 読んでます!」


 と、答えた。


「そうかそうか。『趣味の歴史研究』とか『わごころ』とか、そのあたりのWebメディアの記事を読んでるのか?」


「はい!」


「そいつぁ嬉しいねぇ」


 男は眉尻を下げながら、照れ臭そうに笑った。


「俺の記事を読んでSNSでああだこうだ罵詈雑言を浴びせる奴はゴマンといるが、こうして読者が直接声をかけてくれるこたぁ滅多にねぇんだ。いつもありがとな、兄ちゃん」


 男は大きな手でヒューの左肩を叩いた。そこへヒルダも、


「私からもお礼を言うわ。夫の記事を読んでくれる人がいるから、私たちはこうしていろんなところを旅できるんだし」


 と、ヒューに話しかける。


「は、はぁ……はい」


「もしかしてあなたも、天狗の調査をしにここへ?」


「て、天狗?」


「あら、知らないの? ここ、天狗が出るのよ」


 ヒルダにそう言われたヒューは、「へっ?」と情けない声を出してしまう。


「そ、そうなんですか?」


「気をつけないと、あなたもさらわれてしまうかも」


 ヒルダはそう言ってヒューをからかった。


 目の前にいる青年が異世界で幾度も戦った光の魔操師だということは、まるで気づいていない様子で。

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