「時間の問題かもしれねぇな。俺がお前とこうして会ってるってことがバレるのは」
いつもの居酒屋チェーン店夢国の個室3畳間で、孝介はいつものように酒を飲みながらいつものように弘子を左肩に添えている。そしていつも通りの態度と口調で、
「女ってなぁ、やっぱり敏感だ。お前とこうしてくっついたせいで移った匂いが分かるんだものな」
と、溜め息を吐くように言った。それに対して弘子はクスクスと笑い、
「そりゃそうよ。女は男よりも、そういうところに敏感だから」
「つくづく俺は、ガサツな男だってぇことがよく分かる」
「ガサツというより、ちょっと抜けてるのよ」
「抜けてる?」
「孝介さん、昔からそう。他人への気遣いはできるのに、肝心なところに気づかないのよ」
弘子は孝介の肩に人差し指を立て、それを回しながらこう告げた。
「私の父も、最期までそれを気にしていたわ」
「え……?」
「あの出来事に関しては、どこをどう考えても俺の弱さのせいだった。だからあいつが腹を切ることはなかった。なのにあいつは、誰の声も聞かずにそのまま飛び出した……ってよく言ってたの。父はね、寂しかったのよ。母を亡くしてから心にポッカリ穴が開いて、それを埋めるために賭け事に手を出してしまった。だけどそれが、いずれは協会を巻き込む騒ぎになるということくらい自覚していたわ。だから、孝介さんに告発されたことはむしろ救いになったのかも」
「まさか」
孝介は眉間に皺を寄せ、
「俺は部屋を壊したんだ。お前が亡くなった女将さんの代わりに盛り立てていた部屋を、後先考えずに木っ端微塵にしちまったんだ。週刊晩秋の記者の口車に乗せられてな」
と、答えた。さらに、
「他の連中よりも筆が達者でキーボードも叩けるって理由だけで、広報部で物書きの仕事をやらせてもらってたんだがな……。俺はそれに妙なプライドを持ってたんだ。週刊誌で記事を書けるってことに魅力を感じていたことは否定しねぇさ。……要は、己の承認欲求を抑え切れなかったんだ」
「承認欲求?」
「物書きってなぁ大なり小なり承認欲求の塊さね。それでいてツブシの利く奴だけだこの世界で米を取っていける。そうでなきゃ潰れるか、SNSで政治の話をしてシンパを集めるしかねぇ」
すると弘子はおかしそうに笑い、
「何それ?」
と、返す。
「孝介さん、そんな変な世界で仕事してるの?」
「笑い事じゃねぇさ。あれだけいろんな妖怪がうろついてる商売ぇも他にありゃしねぇ。……さて」
孝介は思い出したかのように、
「そろそろ帰るかね」
と、弘子に告げた。
「もう帰るの? まだ9時前だけど」
「今日は10時には帰るって嫁に言っちまったんだ」
孝介はゆっくり立ち上がり、
「まあ、また時間作ってここに来りゃいいさね」
弘子に背中を向けた。
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