【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵! 異世界の凶悪敵女魔操師、偵察という名目で旦那さんと日本国内旅行&食い道楽

異世界と日本を行ったり来たりしながら、調査旅行で伝説の魔物を発見せよ!
ジャワカレー澤田
ジャワカレー澤田

エピローグ

78 最後の報告書

公開日時: 2022年7月17日(日) 16:05
文字数:2,437

 親愛なる大魔王デルガド閣下へ。


 この手紙は、私の転移魔術を使って魔王様のお手元へお届け致します。「異世界から手紙だけを送る」というのは初めてのことですが、何とかなると思います。


 私は今後二度と、闇の地へ戻ることはありません。そして、ハジュラ語で報告書を書くのはこれが最後になります。


 無論、この行為が脱走に他ならず、私は処刑を免れないということは百も承知です。身勝手をお許しください、などとは言いません。しかし、本音を言えば私以外の闇の魔操師が異世界への「橋」を作り出せるのは、まだ何年も先と見ています。もちろん、いずれは魔王様に前に引きずり出され、地獄の責め苦の末に処刑されることは覚悟しています。


 その末路を迎えたとしても、私は異世界で「生きる喜び」を味わいたいと考えています。


 物心ついた時から「橋」を操れる唯一の魔操師として育てられた私は、一族のしきたり通りに異世界へ潜り込み、日本という国を観察してきました。そこには様々な魔物や妖魔が生息し、数々の伝説があり、美味しい食べ物に溢れ、優しい人々がいます。異世界人から見た私は、得体の知れない異形の者に等しいはずです。しかし、そんな私を異世界人は迎え入れてくれました。


 私の住むこの世界は、愛と英知に満ちています。


 そして私の胎内には、とある勇敢な異世界人と分かち合った命が宿っています。


 私は異世界で、子供を育てる所存です。この子が大人になるまで生きる、という甘い願望を抱くつもりはありません。ただ、私の身が魔王様の手で握り潰されるその瞬間まで全力で生き抜きたいと考えています。


 もうひとつ、不敬を承知で書かせていただきます。


 私の大事な友人、闇の魔操師ミアに「ヒルダが謝っていた」と伝えてくだされば幸いです。


 ミアは光の魔操師ヒューに魔力を吸収され、その上でマジックロックをかけられたと聞きました。ヒューが解除しない限り、二度と魔術を使うことができないとも。魔操師にとって、翼をもがれたも同然の災難に遭ってしまったということは私も理解しています。


 もしも闇の魔操師が「橋」を完成させた時は、私の処刑にミアを送っていただければと思います。私は決して抗いません。親友の手で殺されるのなら、私は本望です。


 ミア、私は今でもあなたを親友と思ってるわ。本当よ?


 だから異世界で再会した時は、2人でご飯を食べてお酒を飲んでからあなたに殺されるつもりよ。その時は、ミアにも「異世界で生きる素晴らしさ」を教えてあげる。


 魔王様、お手数ですが愚かなヒルダがそのような戯れ言を垂れていたと、ミアにお伝えください。


 それでは、さようなら。


 *****


「コウ、私はそんな長くは生きられないと思うの」


「てやんでぇ! また何を言い出すんだ、このスケは。今朝4日ぶりにデケェ糞出して“赤ちゃんが腸活を手伝ってくれたの”とかぬかす女が早死にするかよ」


「真面目に聞きなさいよ! ……あのね、コウ。私は本当に幸運な女だって、ここのところ毎日考えてるの。でも、これ以上の幸運は続きそうにないかなって」


「幸運?」


「だってそうでしょ? この世界に来てコウと出会えたのも、コウとの赤ちゃんを妊娠できたのも、私にはもったいないくらいの幸運だもの。……私、今すごく幸せ」


「ああ、そうかいそうかい」


「でもね、コウ。これ以上の幸せは贅沢過ぎると思うの。だって、虫が良すぎるじゃない? コウと結婚式挙げて、子供を生んで、その子が無事に大きくなったら……あとは何も望まないわ。長生きなんてしようと思わないもの」


「そうぬかす女ほど、亭主より30年は長く生きるから安心しろ」


「あら、そうかしら?」


「テメェの周り見てみろ。山木田のボスといい品山親方といいマックス流子といいチャージャー・ジョーといい、俺たちの知人はどいつもこいつも生命力の塊みたいな連中だ。いいか、真夜。生命力ってのは人から人へ伝達していくもんなのさ。人間、何をやるにも生命力ってのを必要とする。活発な人間の隣にいりゃ自然と活発になるし、元気のねぇ人間の隣にいりゃ自然と病弱になっていく。当然だが、人として生きるからにはできるだけ活発でありてぇよな? それが行動力になって、巡り巡って人生経験になる。俺の尊敬する落語家の桂歌丸師匠の言葉を借りれば、“芸は人なり”さね」


「芸は人なり?」


「人間の仕草ってのは、そいつの人生の全てが反映される。卑しい人生を送ってきた奴は、仕草までどこか卑しい。逆に明るく楽しい人生を送ってきた奴は、案の定やること成すこと明るく楽しいのさ」


「なるほど……」


「これは竜也にも言ったことなんだがな……人生を心底楽しんでいりゃ、長生きも自然とするものなんじゃねぇかというのが俺の持論だ。たとえ俺を殺したがってる奴がいるとしても、俺自身が人生を楽しんでいりゃ絶対に殺されねぇのさ。奴さんがプロの殺し屋だったとしてもな」


「コウ、そんなのに命を狙われてるの!?」


「バッキャロ! たとえだ、たとえ。……だが、これはお前だってそうだぞ? 真夜がこの世界で毎日気ままに面白おかしく生きてりゃ、そんな女をわざわざ殺そうとする奴なんか出てこねぇのさ。仮に誰かがお前の命を狙っていたとしても、毎夜毎夜美味ぇもんばかり食って下っ腹膨らませてる女の呑気面見たら、殺す気だって萎えらぁな」


「……それは私を褒めてるの? 貶してるの?」


「褒めてるに決まってるだろ。俺はな、真夜。癌と糖尿病にさえ気をつけてくれりゃ、お前が幸せ太りのオバサンになるこたぁむしろ大歓迎なのさ。俺はあと50年はお前とこの世で暮らす腹積もりでいるし、そうでなけりゃ困る」


「そう、分かったわ。私もできるだけ長く生きられるように頑張るわね。……でも、幸せ太りになんかなる気はないわよ。無事出産を済ませたら、すぐにダイエットするから。10年前の体型を取り戻してみせるわ」


「期待してねぇから、いつでも遠慮なく挫折しな」


「……コウ、愛してるわ」


「俺もだ」


「本当に、ずっとずっと一緒よ? 私のコウ――」


<了>

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