ヒューは玲人と何度も話し合った。
その末にヒューは、ようやくひとつの妥協案を玲人に認めさせた。
ヒルダとの戦いは、王国の望む通り異世界即ち日本でやる。ただし、ヒルダを倒すことはしない。代わりに彼女の魔力を永遠に奪い、二度と元の世界へ戻れないようにするのだ。
「そんなこと、できるの?」
当然ながら玲人はそう首を捻ったが、可能だ。
相手の魔力を吸収する魔術、そして魔力回復を阻害する「鍵」の魔術を組み合わせれば、ヒルダは二度と「橋」を出せないはずだ。ふたつの世界を行き来するには魔力が必要。「橋」の魔術は魔力の消耗が些細な程度で済む、というだけだ。ならばそれを根こそぎ取り上げてヒューにしか外せない「鍵」をヒルダにかけてやれば、彼女は消滅したも同然である。
もちろん、王国には「ヒルダを討伐した」と報告する。そして魔力を失ったヒルダは、その後の人生を日本で送ることになる。
この手段しかない。だが、これを実行するにはひとつ問題があった。相手の魔力を吸収する魔術はともかく、「鍵」の魔術は未習得という点だ。
「どうするの?」
「今から覚えるんだよ。この魔術自体は、俺んちで保管してる魔導書にも載ってるから」
「習得できるの?」
「するしかないだろ!」
ヒューは強い口調でそう返した。立て続けに質問され、若干イラついているというのもある。
だが玲人は怪訝な顔で、
「どうしてヒューは、ヒルダ……いや、ヒルダの結婚相手にそこまでこだわるんだ?」
と、さらに質問した。
「別にこだわってなんかいない。玲人は相撲のことなんか知らないだろうけど、大松樹さんはとにかくすごい人なんだ。俺たちがヒルダを攻撃したら大松樹さんが出てくるだろうし、そうなったら俺たちに勝ち目はない」
「……そんなのは理由にすらなってないよ、ヒュー。もっと他に理由があるんじゃないのか? ヒューが、その……ダイショウジュって人に突然こだわり始めた理由」
玲人に問い詰められたヒューは、大きな溜め息を1回ついてこう言葉を綴り出した。
「……日本で他人のおっさんに親切にされたのは、あれが初めてだったんだ」
「え?」
「初めてだったんだよ、あそこまで優しくて丁寧なおっさんは」
「そ、そうなの?」
「そうだ! 俺が日本でエンカウントしたおっさんは、学校の教師もその辺のサラリーマンもみんな高圧的で、俺が10代と知ると嬉しそうに説教垂らすような奴ばっかりだった。今までに何度“社会人たるもの”だの“世の中甘くない”だの“お前のことを心配してるからこう言ってやってるんだ”だの、こっちが望んでない説教をぶつけられまくったか……。レイトだって、そのテのマウンティングオヤジが嫌だから極力日本に戻りたくないっていつだか言ってただろ?」
「ま、まあね」
「でも、大松樹さんはそんな雑魚とは全然違う。そう、何と言うか……俺と同じ目線に立ってくれるって感じなんだ。俺をバカになんかしなかったし、何度も何度も申し訳なさそうに“ありがとな”って言ってくれた。俺は大松樹さんに嘘をついたのに……」
ヒューは今にも泣き出しそうな顔で、
「本当は記事なんて読んでなかったのに、俺はあの場を繕うために嘘ついて……」
と、口にする。直後、ヒューは玲人の目を睨むように見つめ、
「そんな俺に、大松樹さんは上野の神社の歴史を教えてくれたり面白い話を聞かせてくれたりして、最後に1万円くれたんだ。“これで美味いもんでも食いな”って」
「ヒュー、君はヒルダの結婚相手からおカネもらったのか!?」
「ああ、もらった。でも、その時の俺はヒューじゃなくて篠原竜也だ。強調しておくけれど、ヒルダに買収されたわけじゃない!」
ヒューは玲人を圧倒しながら、
「大松樹さんは何であんなに優しいのか……それはあの人の経歴を知って納得した。あれだけ理不尽な苦労を強いられたんだ。そして、そんな人と結婚したヒルダは……絶対に悪い人じゃない!」
まるで食いちぎるようにそう言い切った。
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