マリナーブルーがよく映える孝介のNAロードスターは、いつも通り東名高速を快走する。
例によって足柄SAでソフトクリーム休憩を取ったあと、ロードスターは御殿場JCTから新東名高速へ入った。真夜は少し驚いた。孝介が新東名高速を選ぶことは、滅多にないからだ。
「この道はからっ風が強くて、あまり好きじゃねぇんだがな……」
そうぼやきながら、孝介はソフトトップを開放した状態のロードスターを130km/hで走らせる。
確かに北風が強い。真夜の長い黒髪が、南側つまり助手席側のドアの外になびいてしまう。その度に真夜は髪を両手で押さえ、どうにかひとつにまとめようとする。それを何度か繰り返したあと、真夜は孝介の気持ちを僅かながら察することができた。
これなら海側の道路をゆっくり走ったほうが楽しいかも。
なら、どうして今日の孝介は新東名高速を選んだのか?
「史料の閲覧を電話予約したからよ。急がねぇと!」
孝介は強風の中でそう告げた。
史料? 閲覧? 電話予約? それはどういうこと? 河童を見に行くんじゃないの?
真夜は孝介にいろいろ質問しようとしたが、からっ風がそれを妨げてしまう。まったく、どうしてこの男はこんな時に屋根を折り畳むのよ!
そんな妻を横目に、夫はアクセルをより強く踏み込んだ。
東名高速の120km/h区間を、ロードスターは140km/h超でかっ飛ばす。髪の毛を両手で押さえていた真夜は、やがて諦めて風の思うままにさせた。せめてゴムかシュシュでもあればいいのだが、こういう時に限って持っていない。
真夜は己の髪の毛が目に入らないよう、まぶたを閉じた。
その時、
「ヒルダ……ヒルダ!」
真夜……いや、ヒルダを呼ぶ声が聞こえた。
これはもちろん、間近にいる人間が話しかけてきたものではない。脳内に直接伝道する声だ。そしてこの声の主は、闇の魔操師リディアであることはすぐに分かった。
ヒルダは目を閉じたまま、
「リディア? リディアなの? どこにいるの?」
と、返答した。口は一切動かさない。胸の中でそう念じるのだ。
「ヒルダ、助けて! 何も見えない……何も…… 怖い……!」
「ちょっと、どうしたの!? リディア? リディア!」
リディアの窮地を察したヒルダは、
「落ち着いて、リディア。戦闘の最中なんでしょう? 誰と戦ってるの?」
そう質問するが、リディアの声は途絶えてしまった。
「リディア? 答えて、リディア! どうしたの、ねぇ!?」
ヒルダは何度も何度もそう問いかけたが、リディアが声を発することは二度となかった。
一体どういうこと?
何が起こっているの?
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