「天狗ってのはなぁ……一言じゃなかなか言い表せねぇんだよ。一体何なんだろうな?」
孝介は首を捻りながら真夜にそう返した。そして、
「ある時は奇跡を起こす魔法使い、またある時は人さらい、さらにまたある時は神様。天狗にも種類ってぇのがあるし、たった一言で“これが天狗だ”とは言えねぇんだ」
「ああ、そうだな。時代によっても解釈がある」
ジョーが孝介の言葉を補足するように、
「そもそも“天狗”ってのは中国由来の単語だし、だからって古代中国に日本のような天狗はいねぇ。そうさな……敢えて要約すれば、山岳信仰の象徴ってとこだな。世界がまだ広かった時代、あらゆる摩訶不思議は天狗がもたらしたものだと先人は解釈したんだ」
と、説明した。
「日本って国は、山地が7割ほどの国だ。インターネットどころかテレビも電話もロクな道路もなかった時代は、山は神聖な場所だった。天狗は山の支配者、と言うべきかな?」
「あなた、随分博識ですわね」
真夜がジョーにそう言うと、
「そりゃあお前ぇ、ジョーは日本史分野の大学教授だからよ。天狗云々の話は本職だ」
と、孝介が返した。
「そ、そうなの!?」
「がっはっはっはっはっ! マツ、それは誤解だぜぇ。俺にとっての本業はデリンジャー・カスタムズ、副業は日本史の研究、大学教授はそのついでだ」
そう笑うジョーを横目に孝介は、
「このオッサンはこれでも博士号持ってるからよ。日本史のことなら、何でも質問しな」
真夜に言いつけた。
歴史関連の大学教授ということは、この世界の神話や伝説のプロフェッショナルということか。ジョーがとてもそのような知識人には見えないが、とりあえず外見のことは置いておこう。大学教授と顔見知りになること自体は、むしろ好ましい出来事だ。
真夜は不敵な微笑を浮かべながら、
「どこに行けば天狗に会えるのですか?」
と、ジョーに質問した。
*****
「ジョーはすっかりお前のこと気に入ったみたいだぜ」
帰路に就いたロードスターのハンドルを握りながら、孝介はそう言った。
「若い娘が日本の迷信に興味を持つのはいいことだって、あいつ力説してたな。……まあ、お前が“若い娘”かどうかはさておき」
「何よそれ!」
真夜は孝介の顔を睨み、
「私はまだ若いわよ! 膝の動きはほんの少しだけ鈍くなったけど、体型は10年前と同じよ。私の身体は25歳なの」
と、言い放った。
「あーあー、そうかいそうかい。そのくせ最近“トイレ行ってもお通じがないの”とか何とか言ってやがるよな、お前」
「そっ! それは――」
「加齢は胃と大腸から来るんだぜ」
孝介のその言葉に、真夜はすぐさま反論できなかった。
ここ最近便秘気味なのは事実だし、ちょっとした不摂生ですぐに胃がもたれるようになった。そういえば先週、『みかみ』で仙次の作った天ぷらを食べ過ぎて、翌日ずっと胃酸が過剰分泌してしまうということもあった。10年前はそのくらいの無茶など問題にしなかったのに……。
やっぱり歳は取るものじゃないのかしら?
それはさておき。
「あの人が私に貸してくれた本、これを読めば天狗のことが大体分かるって言われたけれど――」
「ああ、それか。実はな、俺もそれ読んだことあるんだ。面白いぞ」
孝介は真夜の膝の上にある本を横目で見ながら、
「仙境異聞、か。ある意味で民俗学研究の必読書だな」
と、つぶやいた。
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