何だかんだで散々っぱら身体をいじめ抜いた孝介は、大あくびをしながら玄関のドアを開けた。
その直後、
「コウ!」
という叫び声と共に、真夜が飛び出してきた。
トレーニングですっかり疲労した孝介の胴体を抱き締め、
「コウ、どこ行ってたのよ! こんな時間まで外でブラブラ遊び歩いて……コウの愚か者! 俗物! バカ!」
などと罵り始めた。
一体どうしたんだ、こいつは? 俺がマックス流子と一緒にウェイトトレーニングするということ、夜8時には帰ってくること、マックスは俺の愛人でも何でもないことはしっかり伝えたはずだが……。
「私、ずっと待ってたのよ? なのにコウったら、いつまでも帰ってこなくて……この裏切り者!」
「……夜の8時過ぎに帰ってくるだけで裏切り者扱いか?」
「約束より12分も過ぎてるわ! 嘘つき!」
真夜は孝介の顔を見上げ、
「コウなんて大っ嫌い!」
と、涙目で言い放った。
マックスといい真夜といい、今日はどういうわけか女に「嫌い」と言われちまう1日だな……。
孝介は頭を掻きながら、
「あーあー、わーったよ。今日は俺の取っておきのウイスキー飲ませてやるから、それで12分の遅れは水に流せ」
と、真夜の頭を撫でた。
*****
翌日、孝介はロードスターのオイル交換のために愛川町へ出かけた。このクルマの購入元でもあるデリンジャー・カスタムズの所在地である。
オイル交換というのは、気の知れた修理工場へ赴くための大きな口実。例のアメ車マニアの兄弟、チャージャー・ジョーとロードランナー・ケンに会って世間話をするためには、何かしらのきっかけが必要だ。それがなければ会うことができない、というわけではないのだが——。
男同士でクルマ談議に華を咲かせる。これもモーター道楽の醍醐味だ。
しかし今回は、どういうわけか真夜も同行する。
「お前がオイル交換についてきたことは今までなかったな。どういう風の吹き回しだ?」
孝介はシフトレバーを操作しながら、助手席の真夜にそう質問した。
「別にどうということはないわ。気が向いたからついてきただけよ」
真夜は左手にある相模川を眺めながら、そのように返す。
が、孝介は既に真夜の異変に気づいている。いや、「異変」と表現するほどネガティブな現象ではないが、ともかく今の真夜はいつもの真夜ではない。昨日から真夜は孝介に甘えっぱなしで、まさに1分1秒の別れも許さないほどだ。ベッドの上でも、真夜は孝介の左腕にしがみついたまま離れなかった。
一体、こいつに何があったんだ?
孝介は一瞬だけそのようなことを考えたが、さらに深く思案すればそもそも真夜は執念深いタイプの女である。マックス流子が言っていたように、寂しがり屋のきらいもあるかもしれない。それが何かしらのきっかけで激化した……と考えれば、とりあえずの整合性は見出せる。
「ねえ、コウ」
「ん?」
「今夜は私が夕飯を作るわ。帰りにスーパーに寄っていきましょ」
「いや、今日は外食にしねぇか? そのほうが楽だろ」
「ダメよ!」
真夜は頑とした口調で、
「今夜は私が作るの! 異論は許さないわよ!」
と、孝介に告げた。
こりゃあ腹が破裂するまでいろいろ食わされるな……と苦笑しながら、孝介はギアを上げてロードスターを加速させた。
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