その日、ヒューはとんでもない依頼を冒険者ギルドの建物内で目にしてしまった。
闇の魔操師ヒルダの討伐。依頼者は「キシロヌ王国関係者」とある。
ギルドの掲示板に貼り付けられた依頼は、その殆どが「アイテムの調達・輸送」か「魔物退治」である。魔王軍幹部の討伐となると、それは通常であればギルドの掲示板ではなく王国の重鎮から直接言い渡されるくらいの重大な内容だ。現にリディア討伐の時がそうだった。
それが今回、なぜかギルドで討伐パーティーを募っている。
当然、ギルドの加入者たちは騒然としている。
「おい、この依頼本当かよ? 誰かのイタズラじゃないのか?」
「マジらしいよ。今回はこのギルドで志願者を募集するんだって」
「うわっ! やっぱ報酬額ハンパねぇ……。でも、俺が行ったらヒルダに瞬殺されちまうよ」
「私たちならいけるかも……。でも、やるとしたら装備買い替えないと」
「俺は参加するぞ!」
掲示板の前で喚起する者、気合を入れる者、怖気づく者、諦める者、熟考する者等々、反応は千差万別だ。しかしたった1枚の紙が、今この場にいる数十人をどっと盛り上げている事実は否定できない。
光の地にその悪名を轟かせる闇の魔操師ヒルダを、キシロヌ王国がいよいよ討ち取りにかかる。
それならどうして、王国はその依頼を直接俺たちに告げなかったんだ?
「お前もあの貼り出しに疑問を持ってるのか、ヒュー?」
首を捻るヒューにそう声をかけたのは、女騎士セシリア。相変わらず凛とした佇まいの、頼れる剣士である。
「報酬は2万5,000リルか……。この前のリディア討伐で私たちがもらった額より3,000リル多いな。無論、私たちはカネのために魔王軍と戦ってるわけではないが」
「セシリアはこの依頼、前向きに考えてるのか?」
「当然だ」
するとセシリアは口元をヒューの耳元に近づけ、
「実はな、ヒュー……。ヒルダの討伐の依頼がこのギルドに舞い込んだというのは、ちょっとした裏があるんだ」
「裏?」
「今から下宿に来れるか?」
セシリアにそう問われたヒューは、
「……ああ、分かった。あまり大声では言えない話だな?」
と、頷いた。
*****
ヒューの所属するパーティーが間借りする下宿は、道具屋の2階である。
部屋にはちょうど2つの二段ベッドがあり、中央には4人掛けの丸テーブル。冒険や討伐に出かけていない時の彼らは、この部屋で共同生活をしている。
「ヒュー、お前は自分たちがいろいろ言われてるのは知ってるだろ?」
ヒューは丸テーブルに着席早々、セシリアにそう問いかけられた。
「いろいろ? それは“あいつらは最強パーティーじゃないのに王様に贔屓されている”とか、“最初から利権をもらってる”とか?」
「ああ、まあそんなところだ。私たちパーティーの実力は今や王国が認めるところだが、同時にそれを妬む奴らも多い。困ったものだ」
セシリアがそう返すと、
「俺たちだって、コネもカネもないところから這い上がってきたのにな」
ヒューの右隣に座るグレゴリーが、苦笑しながら割り込んだ。
「別に楽をしてたわけじゃないし、そもそも俺たちは何度も命を張った。それなのに他のパーティーからブーブー言われる。……ああ、何だかたまったもんじゃねぇや」
「愚痴はその辺にしろ、グレゴリー」
セシリアはピシッとそう言い返し、
「……ともかく、私たちはいささか活躍し過ぎているのかもしれない。そしてそのことは、王様もよくご存じだ。だからヒルダ討伐の件を、直接私たちにではなくギルドに貼り出したんだ」
「そ、それってどういうこと?」
「つまりだな――」
セシリアが説明しようとした時、
「討伐の依頼を公募という形にすれば、俺たちが王様に優遇されているという印象を中和できるからさ」
と、女騎士の代わりに口を開いたのは「異世界出身の勇者」緋村玲人だ。
「王様はもちろん、俺たちがヒルダを倒すことを望んでる。けれど、俺たちに直接依頼すると文句を言う人たちもいるから……。というわけで、表向きとしてはギルドで討伐パーティーを募集するということになったんだ」
「でも、レイト――」
ヒューはやや慌てがちに、
「王様の思惑はどうだろうと、それは俺たち以外のパーティーもヒルダ討伐に参加するってことだろ? もしも他のパーティーがヒルダを倒したら、王様はどうするんだ?」
と、返した。しかし玲人は首を横に振りながら、
「それは絶対ない」
そう言い切った。
「どうして? 総合戦闘力で俺たちを上回るパーティーは、他にいくつかあるのに」
「でも、俺たちにはヒューがいるだろ?」
「俺が?」
「この世界では君とヒルダにしかできない能力を利用するんだ」
その返事を聞いたヒューは、
「……もしかして……」
口をあんぐり開けながら愕然とし始めた。
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