孝介は知り合いの女子プロレスラー、マックス流子とフィットネスクラブに来ていた。
この2人は月に1度か2度、共にウェイトトレーニングをする「筋トレ仲間」である。
孝介はベンチプレス台でバーベルを調整している。バーが20kg、プレートが130kg。今日はとりあえず合計150kgでやってみることにした。
「おいおい関取、あんた仮にも前頭まで行ったんだろ? 随分控え目だな」
「はっ! 引退してから何年経ってると思ってんだ」
そう言い合いながら、孝介はベンチプレス台に仰向けになる。
バーに両手をかけて大きく溜め息をつき、もう一度息を吸う。バーを握ってそれを持ち上げながら、息を吐く。そのあとは呼吸のリズムに従ってバーベルの上下運動を1往復、そして「はっ!」と気合を入れてもう1往復。
計2回のリフトアップで、孝介はバーベルを置いた。
「やっぱり衰えたな、関取」
「うっせぇや! その代わり柔軟性は若い頃とあまり変わってねぇぜ」
「私にもやらせろ」
流子は孝介をベンチプレス台からどかせ、彼の代わりに横たわる。
「ちょっと待ってろ。30kgばっか減らしてやるからよ」
「バカか! 余計なことするな。関取はそこで見てろ」
「無理すんじゃねぇぞ、マックス。あんた確か47歳だろ? 俺より5つ上の姉さんが、俺と同じ重さってのは……」
「いいから黙ってろ!」
流子は肺を精一杯広げて息を吸い、
「たあっ!」
と、150kgのバーベルを一気に持ち上げた。
これだけならまだ問題ないかもしれないが、肝心なのはこのあとだ。流子はバーベルをゆっくり下ろし、胸につく位置まで持っていく。
「上げられるか、マックス?」
孝介は流子の頭の位置に立ち、限界を迎えた場合に備えていつでも補助に入れるようにしている。が、流子はそれに抗うかのように、
「ふんっ!」
と声を上げ、バーベルを持ち上げてしまった。
さらに流子は、
「もう1回だ!」
などと孝介に告げ、本当に2回目の上下運動に入ってしまった。
「お、おい! 無理するな!」
孝介はそう返すが、この時点で既にバーベルは再降下中。バーが流子の胸部に接近し、やがて接触してしまった。その瞬間、
「うおりゃあぁぁぁっ!」
掛け声一閃、流子は腕力と背筋力を総動員して150kgの鉄の塊を押し上げた。
両腕の肘がピンと伸びる位置まで達したのを見届け、流子はようやくバーベルをラックに戻す。もちろん、孝介の補助には一切頼っていない。
「よっしゃ! どうだ関取、あんたと同じだけやったぞ!」
「……40半ばで無茶は禁物だぞ」
「負け惜しみ言うんじゃねぇ!」
流子はベンチプレス台から立ち上がり、
「次はゴッチ式トレーニングやるぞ。関取も付き合え!」
と、孝介に言いつけた。
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