「ない。やっぱりないわ」
レティシアは霊体を駆使して、狭い箱の中から鍵のかかった開かずの扉まで、王宮中をくまなく見て回ったが、自分の身体を見つけることができなかった。
王宮の様子はいつもどおりで、退屈そうに衛兵たちは見張りをし、その他の者たちはそれぞれの部屋で寝静まっていた。
レティシアの部屋も変わったところはない。窓の鍵は締まっていて、外から賊に侵入されたようでもなかった。荒らされた痕跡もなければ、高価な宝石がなくなっているのでもない。
ただ忽然と、レティシアの身体だけがなかった。
「どういうことなの……」
レティシアは自室で、呆然と立ち尽くした。
「レティシア」
どれくらいそのままだったのか、セスに声をかけられた。
「死神さん、大変なの。私の身体がないの!」
「そのようだな」
セスは頷いた。
「死神さんなら、私の身体の場所が分かるのよね。どこにあるのか、教えて!」
レティシアはセスに詰め寄るが、答えはいつもと同じだった。予想していたとはいえ、レティシアはがっかりする。
「マルセルさんの身体が見つかったと思ったら、今度は私のが消えちゃうなんて。どうなってるのよっ」
「一週間ほど見つからなければ、お前の命は尽きる」
「知ってるわ」
落ちつきなくウロウロとしているレティシアの腕を、セスは掴んだ。
「見つからなければいい」
「え……?」
セスは漆黒の瞳を、切なげに細めている。
「お前の身体なんて、見つからなくていい」
レティシアはセスに抱きしめられた。細くしなやかな腕が、レティシアの背中に回される。
レティシアがセスの胸の中で顔を上げると、近くにあるセスの揺れる瞳とぶつかった。いつもと違うセスの様子に、レティシアはドキリとする。十年も一緒にいて、抱きしめられたのは初めてだった。
「昼間はいくら傍にいても、お前は俺に気づかない。夜の数時間は二人でいられると思っていたのに、それも邪魔が入った」
「死神さん?」
「昼間お前に何が起きても、俺は手出しができない。誰に、なにをされていても」
抱きしめられる腕に、力がこもった。
「いっそ、死んでしまえばいい。俺のものになれ」
揺れた睫毛の奥にある漆黒の瞳に、深い孤独を見つけた気がして、レティシアは胸が締め付けられた。腕を伸ばして、セスのサラリとしたブルネットの髪をゆっくりとなでる。
「死神さんったら、昔から淋しがり屋さんだものね。私にできることなら、なんだってするのに」
レティシアは、両手でセスの白い頬を包んだ。
「私が死んだら、ずっと一緒にいるって約束する」
「レティシア」
セスの声が、期待に上ずった。
「でも、まだ先よ。私にはやることがあるの。まずは、マルセルさんを助けなきゃ」
「……レティシア、お前ってやつは」
セスは脱力して、レティシアの肩口に額を乗せた。
「どうしたの?」
「お前の鈍感力には恐れ入る」
「?」
レティシアはセスが肩を落としている理由が分からず、形のいい丸い頭と、薄い背中を撫で続けた。セスは気持ちよさそうに目を閉じる。
「俺も、このままでいいのか、考えないとな」
「なに?」
「なんでもない」
セスはレティシアに回した腕に、力を込めた。
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