Triangle Heart~夜の散歩姫~

JUN
JUN

三章 レティシアの行方 1

公開日時: 2020年10月20日(火) 21:02
文字数:2,377

「なんで見つからないの!?」

 レティシアは頭を抱えた。

 朝になって合流したレティシアとマルセルは、改めて手分けをして王宮を隅々まで探したが、やはりレティシアの身体を見つけることはできなかった。セスは当然のように傍観していた。

 不思議だったのは、王女一人いなくなったというのに、朝になっても誰も騒ぎ出さないことだった。

 だた一つ、レティシアが気づいた異変は、侍女のイザベルがいないことだ。

「イザベルはきっと、私の身体の傍にいるんだわ。でも、どこに行ったのかしら?」

 なにか身体にトラブルがあって診療室に運ばれたことも考えたが、王室付きの医師も普段通りの生活をしていた。

「一体、なにがあったの……?」

 レティシアは朝、廷臣たちが起き出せば騒ぎになると思っていた。しかし、まるで自分が存在していなかったかのように日常が展開されて、焦燥感で落ち着きなく歩き回っている。

「王宮にはないようだね。心当たりは?」

「ないわ」

 レティシアは唇をかみしめた。

「事件があったようでもないし。何か事情があって移動させたんでしょ。そのうち出てくるよ」

 マルセルが励ますように言うと、いつも笑顔の絶えないレティシアの大きな瞳に、涙があふれた。

「もう、半日が過ぎてしまったわ」

「おや、どうしたの? 見つからないのが不安? やっぱり、死ぬのは怖い?」

 垂れぎみの目を細めて、マルセルは笑顔に揶揄の色を加えた。

「怖いわよ。あと一日しかないのよ? 私が薬を運ばなくちゃ、あなたが死んじゃうじゃない!」

 叫んだ拍子に、レティシアの瞳から大粒の涙がこぼれた。目先のマルセルのことに頭がいっぱいで、レティシアは自分のリミットを考えてはいなかった。

 マルセルは涙を流すレティシアの言葉に息を飲み、瞠目して、何度か瞬きをした。

「なんで他人のために、こんなに全力で泣けるんだろう」

 マルセルは初めて目にした未知の生物を見るように、レティシアを眺めていた。

「……僕には、君が理解できない」

「こいつは、昔からこんなだ」

 マルセルの呟きに、セスは肩をすくめて見せた。

「っ!」

 両手で顔を覆って肩を震わせていたレティシアは、全身が何かに包まれた感触に驚いて顔を上げた。

「興味深い。僕は君を、もっと知りたくなったよ」

「……え?」

「貴様! レティシアにくっつくなと言ってるだろう!」

 レティシアを抱きしめているマルセルを、セスは引き剥した。マルセルはセスに、申し訳なさそうな笑みを向ける。

「セス。もしかすると僕は、君に嫌われてしまうかもしれない」

「今だって十分嫌いだから安心しろ」

「そう?」

 マルセルはニッコリと微笑んだ。

「僕やっぱり、生きていたくなったよ。レティシア、協力してくれる?」

「……ええ、もちろんよ!」

 レティシアはルビー色の瞳を濡らしたまま、満面の笑みを浮かべて頷いた。

「僕のために泣いてくれて、ありがとう」

 マルセルの手が頬に触れたかと思うと、レティシアは目元に口づけられた。突然のことに、レティシアは固まった。

「な、な、なん……っ」

 レティシアは飛びのいて一気に赤くなり、呂律が回らなくなった。

「しょっぱくないな。味覚も鈍るんだね」

「え? ああ、そ、そうよ」

 それを確かめたかったのかと得心しつつ、涙を舐めとられていた恥ずかしさで、頭から湯気が出そうなほど、レティシアは赤くなった。

 そのレティシアの後ろでは、セスが拳をプルプルと震わせていた。そんなセスに、マルセルはウインクする。

「貴様という奴は……!!」

「ちょっと死神さん、暴れないで!」

 レティシアがセスを静めるのに、しばらく時間がかかった。

 

「王宮の従事者が平常どおりなことが、逆に君の身体のありかのヒントになっていると思うんだ」

 マルセルは考えるように、親指で薄い唇をなぞりながら言う。

 レティシアの部屋の中央で、レティシアとマルセルは向かい合い、離れた壁際にセスが腰に手を当てて立っていた。

「みんな、私がどこにいるのか知っているから、慌てないのね?」

 王宮の誰かに話を聞けたら即解決なのに、とレティシアはもどかしく思った。

「君の身体が移動されたのは、君が眠ってから数時間以内。夜中に君を動かすことが出来る人物なんて、限定されるだろう。しかも、王宮の外にだよ」

 レティシアは目を閉じて、想像してみる。

「担当のお医者様でも分からない症状だったから、町のお医者さんに連れて行ったとか?」

「医者っていうのはいい線だと思うよ。ただ、普通は医者の方を連れて来るよね」

 マルセルの身体も、城の中にあった。

「私、夢遊病だったのかな」

「それだと、王宮から出ることはないんじゃないかな。さすがに衛兵なり侍女なりが気づくよ」

「イザベルが、みんなに合意の上で、私をどこかに連れて行ったのかしら。うーん、それも変ね」

 レティシアは眉を寄せて考えるが、いい案が浮かばなかった。

「考え方を変えてみようか。君が夜、幽体離脱をしていると知っている人物は?」

「昔はみんなに自慢していたのよ。でも信じてくれたのはイザベルくらいね」

 レティシアは首を捻る。

「君、婚約者にも話してたでしょ」

「ええ、先日ヴェルガー様に話したわ。信じてくれたかどうかは分からないけれど。……あら、そのことマルセルさんに話したかしら?」

「婚約者なら、なにか理由をつければ、君を夜でも連れ出せるんじゃないかな」

 レティシアの疑問を、マルセルはさらりと流した。

「わざわざ夜中に運ばなくたって、呼ばれたら私、帝国に行くわよ」

「幽体離脱中に、君の身体を隠す必要があったのだとしたら?」

「なぜ?」

「もちろん、君を目覚めさせないためだね」

「私が起きちゃいけないの? どうして?」

「どうしてだと思う?」

 考えたが、レティシアには分からなかった。マルセルには予想がつているようだったが、話す気はなさそうだ。

「まだ確定じゃない。ドミール帝国に確認に行こう」

 レティシアは納得できず、眉を寄せた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート