「なんで見つからないの!?」
レティシアは頭を抱えた。
朝になって合流したレティシアとマルセルは、改めて手分けをして王宮を隅々まで探したが、やはりレティシアの身体を見つけることはできなかった。セスは当然のように傍観していた。
不思議だったのは、王女一人いなくなったというのに、朝になっても誰も騒ぎ出さないことだった。
だた一つ、レティシアが気づいた異変は、侍女のイザベルがいないことだ。
「イザベルはきっと、私の身体の傍にいるんだわ。でも、どこに行ったのかしら?」
なにか身体にトラブルがあって診療室に運ばれたことも考えたが、王室付きの医師も普段通りの生活をしていた。
「一体、なにがあったの……?」
レティシアは朝、廷臣たちが起き出せば騒ぎになると思っていた。しかし、まるで自分が存在していなかったかのように日常が展開されて、焦燥感で落ち着きなく歩き回っている。
「王宮にはないようだね。心当たりは?」
「ないわ」
レティシアは唇をかみしめた。
「事件があったようでもないし。何か事情があって移動させたんでしょ。そのうち出てくるよ」
マルセルが励ますように言うと、いつも笑顔の絶えないレティシアの大きな瞳に、涙があふれた。
「もう、半日が過ぎてしまったわ」
「おや、どうしたの? 見つからないのが不安? やっぱり、死ぬのは怖い?」
垂れぎみの目を細めて、マルセルは笑顔に揶揄の色を加えた。
「怖いわよ。あと一日しかないのよ? 私が薬を運ばなくちゃ、あなたが死んじゃうじゃない!」
叫んだ拍子に、レティシアの瞳から大粒の涙がこぼれた。目先のマルセルのことに頭がいっぱいで、レティシアは自分のリミットを考えてはいなかった。
マルセルは涙を流すレティシアの言葉に息を飲み、瞠目して、何度か瞬きをした。
「なんで他人のために、こんなに全力で泣けるんだろう」
マルセルは初めて目にした未知の生物を見るように、レティシアを眺めていた。
「……僕には、君が理解できない」
「こいつは、昔からこんなだ」
マルセルの呟きに、セスは肩をすくめて見せた。
「っ!」
両手で顔を覆って肩を震わせていたレティシアは、全身が何かに包まれた感触に驚いて顔を上げた。
「興味深い。僕は君を、もっと知りたくなったよ」
「……え?」
「貴様! レティシアにくっつくなと言ってるだろう!」
レティシアを抱きしめているマルセルを、セスは引き剥した。マルセルはセスに、申し訳なさそうな笑みを向ける。
「セス。もしかすると僕は、君に嫌われてしまうかもしれない」
「今だって十分嫌いだから安心しろ」
「そう?」
マルセルはニッコリと微笑んだ。
「僕やっぱり、生きていたくなったよ。レティシア、協力してくれる?」
「……ええ、もちろんよ!」
レティシアはルビー色の瞳を濡らしたまま、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「僕のために泣いてくれて、ありがとう」
マルセルの手が頬に触れたかと思うと、レティシアは目元に口づけられた。突然のことに、レティシアは固まった。
「な、な、なん……っ」
レティシアは飛びのいて一気に赤くなり、呂律が回らなくなった。
「しょっぱくないな。味覚も鈍るんだね」
「え? ああ、そ、そうよ」
それを確かめたかったのかと得心しつつ、涙を舐めとられていた恥ずかしさで、頭から湯気が出そうなほど、レティシアは赤くなった。
そのレティシアの後ろでは、セスが拳をプルプルと震わせていた。そんなセスに、マルセルはウインクする。
「貴様という奴は……!!」
「ちょっと死神さん、暴れないで!」
レティシアがセスを静めるのに、しばらく時間がかかった。
「王宮の従事者が平常どおりなことが、逆に君の身体のありかのヒントになっていると思うんだ」
マルセルは考えるように、親指で薄い唇をなぞりながら言う。
レティシアの部屋の中央で、レティシアとマルセルは向かい合い、離れた壁際にセスが腰に手を当てて立っていた。
「みんな、私がどこにいるのか知っているから、慌てないのね?」
王宮の誰かに話を聞けたら即解決なのに、とレティシアはもどかしく思った。
「君の身体が移動されたのは、君が眠ってから数時間以内。夜中に君を動かすことが出来る人物なんて、限定されるだろう。しかも、王宮の外にだよ」
レティシアは目を閉じて、想像してみる。
「担当のお医者様でも分からない症状だったから、町のお医者さんに連れて行ったとか?」
「医者っていうのはいい線だと思うよ。ただ、普通は医者の方を連れて来るよね」
マルセルの身体も、城の中にあった。
「私、夢遊病だったのかな」
「それだと、王宮から出ることはないんじゃないかな。さすがに衛兵なり侍女なりが気づくよ」
「イザベルが、みんなに合意の上で、私をどこかに連れて行ったのかしら。うーん、それも変ね」
レティシアは眉を寄せて考えるが、いい案が浮かばなかった。
「考え方を変えてみようか。君が夜、幽体離脱をしていると知っている人物は?」
「昔はみんなに自慢していたのよ。でも信じてくれたのはイザベルくらいね」
レティシアは首を捻る。
「君、婚約者にも話してたでしょ」
「ええ、先日ヴェルガー様に話したわ。信じてくれたかどうかは分からないけれど。……あら、そのことマルセルさんに話したかしら?」
「婚約者なら、なにか理由をつければ、君を夜でも連れ出せるんじゃないかな」
レティシアの疑問を、マルセルはさらりと流した。
「わざわざ夜中に運ばなくたって、呼ばれたら私、帝国に行くわよ」
「幽体離脱中に、君の身体を隠す必要があったのだとしたら?」
「なぜ?」
「もちろん、君を目覚めさせないためだね」
「私が起きちゃいけないの? どうして?」
「どうしてだと思う?」
考えたが、レティシアには分からなかった。マルセルには予想がつているようだったが、話す気はなさそうだ。
「まだ確定じゃない。ドミール帝国に確認に行こう」
レティシアは納得できず、眉を寄せた。
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