「コンカフェとは。コンセプトカフェの略であり、漫画やアニメを中心としたサブカルチャー、特にオタク文化を取りいれ店員がコスプレをして接客をする、飲食店のことである……」
雷鳴のように鋭い音が思考を遮った。
車のクラクション音、だ。予想していなかった音に身体がキュッと縮こまる。手元の携帯から目を離し顔を上げた。「おい、これバズるんじゃねッ」と下卑た笑い声が聞こえて振り返った。
道の真ん中に不自然に止まっているタクシーがあった。
その横にいる運転手と思われる男が、何やら珍重な格好をしている男に対して、手が出る勢いで詰め寄っている。
ほんの少しだけ背伸びをすると、若い男たちが反対側の歩道にいるのが目に入った。何が面白いのか、男たちは口角をだらしなく上げてその様子を遠巻きに見ていた。
「アッ」
背中に衝撃。
ぼんやりとしていた自分に咄嗟の行動なんて出来るはずもなく、縁石スレスレにあった脚は見事に絡まった。
衝撃に耐えきれず身体は前のめりに倒れる。車道の一歩手前に手を着いて、鼻の先端に車が突っ切った。
ジリと指の先に熱を感じていると「アッぶつかっちゃった」「ねぇねぇ担当さァ今日こそ枕してくれるかなぁ」とやけに平坦な女の声がうしろで遠ざかって行く。
少し遅れて心臓が静かに喚き始めた。いやいや一歩間違えれば死ぬところだったんですが。謝罪のひとつくらい欲しかったです。
とは言えそんなことをこの街で言い出したらキリがない。
額にじんわりと滲み出た汗を袖で拭い、気を取り直そうとする。そうして起き上がろうとしたら、今度は女の悲鳴と男の怒鳴り声に邪魔をされた。
次から次へとうるさいなこの街は!
うんざりとした気持ちになって眉間の皺が寄る。あとを追うように救急車のサイレンも聞こえてきた。額に張り付いた髪を払いのけて、ひと思いに起き上がった。
目の前には男たちの駆けていく後ろ姿があった。
辺りを見渡しても、タクシーの運転手も変質者もすでにいない。我関せずと言った雰囲気で悠々と街を歩いている人だけだった。
なんだか一気に年を取った気分だ。
携帯をポケットにしまい、代わりに黒い紙取り出す。安っぽい紙を目の前で広げると、上部の見出しには《コンカフェ スプリットタン》と金細工のような色で文字が書かれていた。視線を下げるとやたらにデフォルメされた地図がある。
うん、目的地までもう少し。早く行かなくちゃ。
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