――それでは、行ってらっしゃいませ。
白瀬はそう言って尊たちを見送った。彼女とはいったんここで別れることとなった。“貿易”に出ていた朝桐が帰ってくるため、その出迎えに行くという。
「さて、まずはどこに行きましょうか?」
楽しそうに『君主』が笑う。
「うーん、私はお昼ご飯が食べたいです」
と言ったのは朱莉だ。
「さきほど召し上がったのでは?」
「たしかにそうなんですけど……いろいろ気を使ってたら、なんだか食べた気しなくって……」
自分で訊いておいて、西園寺は同情的な顔になる。
朱莉の真意としては、空気が重くて食べた気がしなかった、という意味なのだが、おそらく彼は、尊が余計なことばかり言うからフォローが大変だった、ととったのだろう。もっとも、それも間違いではないのだが。
「そうだったのですか……そういうことでしたら、お食事にしましょうか?」
おそらく『君主』は言葉どおりにうけとったのだろう。ニコリと笑って言う。
「では、店を探しましょう。なにかリクエストはありますか?」
「私はクレープ? とかが食べたいです。まえに見たときから食べてみたいと思っていたので」
ニコニコ笑う『君主』だが、対する尊は面倒くさそうな表情だった。
「なんでもいい。とっととすませるぞ」
たしかに『君主』は、以前そんなことを言っていた。あのときは、どうせそんな機会はないからと適当に返事をしたが、まさかこんなにはやくその機会が訪れるとは。
「もう、またそういうこと……。私はいいと思うな! ちょうど甘いものも食べたかったし」
難色を示す尊とは反対に、朱莉はノリノリである。
『君主』の発案で、店を探しつつ玄武地区を見て回ろうということになった。彼女は相変わらず物珍しそうにしている。
「そうジロジロ見るな。みっともないとまえにも言っただろう」
「申しわけありません。はじめてなものでつい……」
謝っておきながら、『君主』は好奇心丸出しの視線をやめようとしない。
「大丈夫ですよ。私も『安全地帯』に来たばっかりのころは、おなじことしてたので……やっぱり、見ちゃいますよね……」
「フン、こんなくだらんところを見ても、白けるだけだと思うがな」
せっかく自分たちなりに楽しんでいるというのに、白けた顔と口調で白けると言われれば、だれでも白けるというものだ。
この言葉に反応しても、いつもの不毛な戦いが始まるだけということが分かっているのだろう。朱莉と『君主』はあいまいに笑って受け流す。
しかし、尊にしてみれば皮肉などではない、ただの本心だった。
木組みの建物に、石畳の道。そこだけ見れば、じつに平和で、のどかな地区と言えるだろう。
もっとも、石畳の道を歩く人間の大半が、。
――緑色の軍服。
それはすなわち、朝桐の私設軍隊でり、この地区の警察軍も兼ねている『シュトラーフェ』であるということだ。
(――「玄武地区の連中は、二十四時間三百六十五日、朝桐に監視されてんのさ」――)
昨夜、説明を終えた瀬戸があざけるように言った言葉だ。
それを聞いたときは鼻先で笑い飛ばしたものだが、なかなかどうして、この地区はよく管理されている。
ここに入った瞬間から、いや入る以前から、あらゆる場所に『シュトラーフェ』の兵士が存在している。そのほぼ全員がアサルトライフルを背負っており、国民を監視するように、街を闊歩する。
(――「もっとも、それは見せかけ……おまえの言葉を借りれば、“権威に必要な飾り”ってやつさ。あそこに行けば、もっと面白いものが見れるぜ」――)
ちらりと、木組みの建物に目をむける。正確に言えば、『シュトラーフェ』とおなじ軍服(豪華な金の装飾がされている)を着た、朝桐の巨大なポスターにだ。
すると、ポスターに描かれた朝桐の目と、尊の目が合った。
その目は、まるで獲物を監視するかのようにギョロリと動き、尊たちを追っていく。
追いきれなくなると、今度はべつのポスターの目が動き尊たちにつきまとう。
(なるほど……)
尊は鼻を鳴らすと、ポスターから視線を外す。
どうやらあのポスターには、『ダークマター』が組みこまれているらしい。『ナノマシン』によって制御されている『銀狼』とおなじ原理であろう。
それが朝桐の『目』となり、玄武地区の住人たちを監視しているのだ。映像は、朝桐の自宅にでも送られているのだろう。
「あまり余計なことはお考えにならないほうがいい」
思考を断ち切らせるように、西園寺が言った。
「深入りしてもいいことなどありません。あなたはあなたに割り当てられた仕事をこなすことだけお考えになったほうが、賢明ですよ」
「フン、べつになにをするつもりもないさ。ここの現状になど興味はない。俺には関係のない話だ。興味を持ったのは、貴様の主人にさ。こんな、殺風景極まりない光景を見ても楽しめるとは……よほどの変人だな」
この場に律子や瀬戸がいたなら、おまえにだけは言われたくない、と言ったことだろう。じっさい、聞こえてきた言葉に、朱莉は思わず口にしそうになってしまった。
「だって、はじめて見る光景が広がっているのですよ? 柊さまは楽しくないのですか?」
「楽しそうに見えるか?」
仏頂面で『君主』を見ると、なぜか彼女は楽しそうに笑う。
「いいえ、見えません。でも、私はいまとっても楽しいです」
「私も楽しいです」
朱莉は『君主』とおなじように笑う。
「失礼かもしれませんけど、『君主』さんとは気が合うっていうか……一緒にいて楽しいので」
『君主』は虚を突かれたような顔になり、やがて頬を朱に染めると、いつもとおなじ笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。とってもうれしいです……」
それからまたすこし歩いて、四人はクレープ屋へと入った。店内に何枚かの朝桐のポスターが貼られていることを除けば、オシャレな木組みの店だ。
「フン、悪趣味だな。食欲が失せる」
それを否定することが、ではタブーだということを確信しておいて、尊は堂々と発言する。
それを見て、尊は白けたように肩をすくめる。朱莉が呆れた顔で見てきたが、それを無視し、
「ぼやぼやするな。とっとと座るぞ」
そう言うと、一人でさっさと歩きだしてしまう。
問題児を放置しておくわけにもいかないので、三人はついていくしかない。
西園寺は立っているつもりのようだったが、『君主』にそれでは落ち着かないからと言われ、腰をおろす。……尊のとなりに。露骨にいやそうな顔をしているものの、西園寺も快く思っていないのだろう、と朱莉は思った。お互いさまというやつだ。
席にかけると、まず『君主』が言う。
「あの、それでこれからどうすればいいのですか?」
「どれを食べるかを決めて、注文するんですよ!」
嬉々とした様子で朱莉は言う。
以前、尊と唯とともにファミレスに言ったために、先輩風をふかせているのかもしれない。
メニューを広げると、『君主』と一緒にのぞきこむ。
バリエーションはかなり豊富だった。チョコやキャラメル、抹茶やストロベリーなどに生クリームを合わせたものや、ツナやハム、サラダなどのおかず系まで様々なものがある。
「『君主』さんはなににします?」
「う~ん、どうしましょう……どれもおいしそうですけれど……朱莉さんはどうされるのですか?」
「え、私ですか?」
急にふられた朱莉はすこし困ったように首をひねる。
「う、う~ん……」
真剣な顔でメニューとにらめっこをする。正直に白状すると、朱莉はクレープを食べたことはあるのだが、こういう店で食べるのは初めてだ。食べたことのないものもたくさんあり、目移りしてしまう。
「い、いっぱいあって、ちょっとむずかしいですね……『君主』さん。さきに選んでください。私はちょっと失礼します」
そう言うと、バッグから半透明の小箱を取りだし、席を立つ。
「? どうされたのでしょう?」
不思議そうに首をかしげる『君主』。
「さあな。そんなことより、とっとと決めろ」
尊がせかしても、『君主』はしきりに気にする。ほどなくして、朱莉が戻ってきた。
「朱莉さん、どうかされたのですか?」
心配そうに訊くと、小箱に視線をはしらせた。
「それは……」
「あ、えっと……風邪薬です」
「風邪だったのですか? 申しわけありません。変なときに誘ってしまって」
「いいんです! 風邪って言っても、すこし咳が出てただけで、もうほとんど治りましたから!」
『君主』は納得したようにうなづくと、
「そうですか……でも、本当にムリはなさらないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
心配してくれたことに申しわけなく思いながら、言う朱莉。すると対面に座った少年が笑う。友好的なものではなく、バカにした笑いだ。
「そうして並んでいると、まるでクローンのようだな。見世物のようでおもしろいぞ」
「クローンって……もうちょっとほかに言いかたないの……?」
呆れた顔でメニューから視線を移す。
「思ったことを言っただけだ。文句を言われる筋合いはない」
なぜこの少年は暇さえあれば憎まれ口をたたくのか。黙っていれば美形なだけに、とても残念でならない。
「柊くんはなに頼むか決まったの?」
「メニューも見ていないのに決められると思うか? あいにく俺は超能力者じゃないんでね」
なら、メニューを見せてくれと言えばすむ話なのだが、それをしないのが柊尊という存在だ。
「じゃあ、さきに見る?」
「俺にこいつと仲良くメニューを開いて注文しろというのか? 断る。なんの罰ゲームだ」
「ご安心を。私もそんなつもりはないので」
いやそうに顔をゆがめる尊に、西園寺は肩をすくめると、メニューにくぎ付けになっている『君主』に気づいたらしい。
「どうかされましたか?」
「……え? な、なんですか、西園寺?」
「いえ、ずっとメニューを見てらっしゃるので、なにかあったのかと……」
すこし呆けた顔をしていた『君主』だが、すぐにわれにかえり、
「だ、大丈夫です。ちょっと夢中になってしまって……こんなところに来るの……初めてなので……」
頬を軽くかくと、照れたように笑った。
「フン、なんでもいいからとっとと頼め。なるべく高いやつをな」
「あれ、柊くんがそんなこと言うなんてなんか以外。てっきり、金魚みたいに水でも飲んでろとか言うのかと思ったよ」
「失礼なやつだな」
不快気に舌打ちすると、つまらなそうに続ける。
「なに、どうせすべて経費で落ちる。征十郎から引き出した視察の予算はすべて使いきらなければ、来年からの予算が減らされ、やつからつまらん嫌味を言われてしまう」
急に生々しい話になり、朱莉は困惑したように首をふった。
「もう、なんでそんな話になるかなぁ……っていうか、そんなこと言ってるわりに視察するのいやがったじゃん」
「ひょっとして、経費を横領なさるおつもりだったのでは?」
西園寺が試すような口調で言った。
「……フン、そんなくだらんことだれがするか」
いまの間はなんだ、と思う一同だが、
「いいから、さっさと決めて注文しろ。はやくしないと、ほかに時間をとれなくなるぞ」
当の本人は面倒くさそうに手をふるだけだ。
まあ、ここで食い下がっても仕方がない。
「そうだね……じゃあ、私はこれにしようかな」
朱莉が選んだのは、抹茶バナナ生クリームだった。
「『君主』さんはどうします?」
「う~ん……では、朱莉さんとおなじものを」
まだ悩んでいる様子ではあったが、このままでは尊が貧乏ゆすりでも始めそうなことを察したのだろうか、『君主』は意を決したように言った。
「私たちは決めたよ。柊くんもはやく決めてね」
「フン、メニューを独占しておいて言うじゃないか。よこせ」
朱莉からメニューを分捕るとパラパラめくり、すぐにテーブルに放ってしまう。
「もう決めたの?」
「当然だ。愚鈍な貴様らと違い、この即断即決。どうだ、すばらしいだろう?」
こんな傍若無人な言葉にも、朱莉はため息をつくだけで済むようになってきた。それははたして、いい傾向なのか悪い傾向なのか、なんとも判断がつかないところだが、信じがたいことに、そんな男を羨望の眼差しで見る者がいた。
「すごいです、柊さま! こんなにあるなかから、すぐに選んじゃうなんて!」
その無邪気な言葉は、尊にとっても予想外のものだったようだ。思わず面食らって言葉に詰まると、ごまかすように鼻を鳴らす。
「ダメです、『君主』さん。誉めたら調子に乗るので、そういうことは言わないようにしないと……」
「貴様も言うようになったじゃないか」
ちなみに、尊が選んだのは、チョコバナナ生クリームとストロベリー生クリームである。
「で、貴様はどうするんだ? さっさと決めてとっとと食え」
「いえ、私は結構です」
西園寺は尊の言葉をまったく無視して言った。
「フン、空気の読めないやつだな。日本人らしく、同調圧力に屈したらどうだ?」
「この年になると、甘いものを食べると胃にくるんですよ。あなたもあと三十年もすればわかります」
「遠い未来の話だな」
「では、私が注文してきましょう」
尊の言葉を無視して西園寺が席を立った。
このままでは、また不毛な争いが始まってしまうという危惧からきた発言だろう、と朱莉は思った。なので彼女はここに残り、尊が余計なことを言わぬよう監視することにしたのである。
すこし待つと、専用の容器に入れられたクレープが運ばれてきた。
「おお……」
初めて見るらしいクレープを、『君主』は物珍しそうに見ている。
「これはこのまま食べていいのですか?」
「ああ、これは……」
孤児院にいたころ、朱莉はクレープに限らずいくつかのお菓子やデザートを作って食べた経験がある。
『君主』に手本を見せようと容器から取りだすと、朱莉は眉をひそめる。
「なんか、思ってたよりもずいぶん大きいですね」
「玄武地区の食べ物はみなこのくらいの大きさのようですよ」
と西園寺が説明してくれる。
「そうなんですか。あれ? でも、昼食の量はふつうでしたけど……」
「それは客人であるあなたがたの基準に合わせたのでしょう。しかし、いまはただの“客”ですから」
なるほどと朱莉は思う。
これは型どおりの視察だけでは気づかなかったことだろう。やはり、こうしているのは決して無意味ではないようだ。
「わざわざ視察せずとも、その程度のことは資料に書いてあるぞ」
バカがとでも言いたげな言葉に、朱莉はむなしくなってしまう。車に酔ったために途中で資料を読むのをやめてしまったのだが、どうやら尊はきちんと読んでいたらしい。
「……なんだ?」
『君主』の視線に気づいた尊がうっとうしそうに言う。
「あ、すみません……食べ方が分からなかったもので……」
「俺をバカにしているのか?」
ストロベリー生クリームにかぶりつきながら眉をひそめる。
「もう、そういうこと言うのやめなよ」
呆れかえった朱莉の言葉にかぶせるように、
「んっ。これ、とってもおいしいですっ!」
と明るい声が聞こえてきた。
尊の真似をしてクレープを一口食べたらしい『君主』がニコニコと笑っている。
「朱莉さん、はやく食べてみてくださいっ!」
「あ、はい」
勢いに押される形で口にすると、今度は朱莉が「んっ」と声をあげた。
「ホントだ。すごくおいしいです!」
「そうでしょうっ!? 初めて食べましたけど、とっても気に入りました! 西園寺、どうしていままで教えてくれなかったのですか?」
「カロリーが高く栄養が偏っているからです」
子供のような笑顔で訊いてくる『君主』に、西園寺はピシャリと言った。
「柊さまっ」
『君主』は無邪気に笑いかけてくる。
「それ、一口いただいていいですか?」
「フン、ずいぶんと傲慢だな。さすが最高主権者様は器が違う」
この男はクレープ一つでなにを言っているのか。全部よこせと言っているのではない。一口だけだというのに、ここまで言うとは……。
代わりに私のを、と言いたいところだが、『君主』とおなじものを頼んでしまったことをすこし後悔してしまう。
仕方なしに、伝家の宝刀を抜くことにする。
「唯ちゃんに言いつけちゃうよ。クレープ一口も分けてくれないケチだって」
「……」
石像のように固まった尊の脳内で、いったいどのような問答が行われたのかは分からない。
あるいは、単純に朱莉への恨みつらみを述べていただけかもしれない。
ゆるゆると、いまだ躊躇するようにクレープを差しだし、
「食いすぎるなよ」
と念を押す。
『君主』はふたたび笑顔になって礼を言うと、幸せそうにクレープを食べる。
「フン、とんだコジキがいたものだ」
と捨て台詞を忘れないところはさすがというほかない。とはいえ、若干本気で落ちこんでいる様子を見せられると、さすがに罪悪感がわいてしまう。
「柊くん、私の食べる?」
するとつぎの瞬間、半分ほど食べられた朱莉のクレープの量がさらに半分になった。
尊が目にもとまらぬ速さで食べてしまったのである。
「あ、あれ……?」
突然のことに言葉を失う朱莉。人には食いすぎるなと言っておいて自分はこれかと思ったが、ここで文句を言っては尊と同レベルになってしまうということがストッパーとなり、なにも言わずにおいた。
ふたたび西園寺が同情的な目で見てくるが、朱莉は疲れたように息を吐いただけである。これ以上疲れないようにするための苦肉の策だ。
そんなわけで、結局は三人でクレープを食べあう形となってしまった。
結果的に、朱莉は二種類のクレープを食べることができたし、尊は尊で二つ食べたために満足できたことだろう。
「ふぅ、お腹いっぱいになっちゃいました」
「あれだけ食えばそうなるだろう。これを続けると、いずれ朱莉にのようになるぞ」
「? どういう意味ですか?」
「腹部が胸囲を上回るということだ」
「ちょっと」
朱莉はすこし目を細めて抗議した。それは、怒っているというよりは呆れているという色合いが強い。もっとも、怒ってはいるのも、また事実なのだが。
「まったく、あなたにはデリカシーというものがないのですね」
西園寺からさげすむ視線をうけても、尊は傲岸不遜にふんぞりかえって水を飲むだけだ。
「気にしないでください、西園寺さん。こういうことにはもう慣れているので……」
じっさい、この少年にはなにを言ってもムダなのだ。まだ一か月とすこしという短い時間だが、それはもう骨身にしみてしまった。
皮肉や暴言は適当に受け流すというのが、最適解なのである。
ふたたび西園寺とのあいだに不穏な空気が流れるも、
「ふふふっ」
それを壊したのは『君主』の笑い声だった。
「急になんだ。俺のギャグセンスに脱帽したか?」
あれはギャグというかただの悪口の気もするが、賢明にもそれを指摘する者はいなかった。
「いえ。じつは私、こうして外でお食事をするのも初めてなもので……なんだが楽しくって……」
『君主』はうつむくと、すこしさみしそうに言った。
以前、式典前に宮殿にいたとき、『君主』から聞いたことがある。
いままでずっと宮殿で過ごしてきた『君主』は、“外の世界”に出たことがないと。
そのため、“外の世界”に対して、並々ならぬ興味を持っていた。朱莉もずいぶんと外のことを訊かれたものだ。
住民たちが、普段はどのように暮らしているのか、なにがあるのか、学園での生活についても、いろいろと訊かれた。
さきほどから、『君主』が興味深く玄武地区を見ているのも、クレープをおいしそうにほおばっていたのも、その反動なのだろう。
そう考えると、『君主』と一か月まえの自分が重なって見えた。
ほとんど反射的に体が動く。
「『君主』さんっ!」
彼らは突然立ちあがった朱莉に驚いている様子だった。若干一名、うるさそうに見てきたものがいたものの、それについては仕様なので無視することにする。
「お腹も膨れたことですし、運動がてらもっと見て回りませんか?」
そう言って、『君主』に手を差し伸べる。
『君主』は最初、すこし戸惑ったような顔をしていたが、やがて笑顔になると朱莉の手をにぎって言うのだった。
「はい! ぜひっ!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!