女神大戦

‐The Splendid Venus‐
灰原康弘
灰原康弘

第三章 『安全地帯』②

公開日時: 2020年9月15日(火) 19:29
文字数:3,825

「で、話とはなんだ? 俺は忙しいんだ。迅速に済ませろ」

 病院の応接間に入ったとたん、開口一番尊が言った。

「そうせっつくなよ。そんなんじゃ女に嫌われるぜ」

 瀬戸の口調は先日やさきほどと比べて、ざっくばらんなものになっている。

 その様子を見て、尊はおもしろそうに鼻をならした。


「ひさしぶりだな征十郎。貴様いままでどこに行っていたんだ」

「どこもなにも、さっきからいんだろうが」

「なんの話だ? あんな気色悪いやつは俺の知り合いにいない」

「気色悪いって……初対面の女の子がいるんだ。格好ぐらいつけたくもなるってもんだろ?」

 そう言って、大げさに肩をすくめてみせる。

 さきほどまでのあの気取った喋り方。あれは、朱莉がいたためにしていたものらしい。

 その態度が、尊にとっては白々しかったのだ。


「フン、あんな小娘相手に格好をつけてどうする」

「人間、第一印象が大切なんだよ。おまえ見てるとそれがよく分かる。それより尊。聞いたぜ。あんまり鬼柳ちゃん困らせんなよ。老けるだけじゃなくて、禿げちまうだろ」

「禿げませんよっ!」

 高めのトーンで抗議する律子。顔が紅潮しているのは、言うまでもなく怒りのせいだ。

「でもよ、鬼柳ちゃん。尊がこうなったのは、俺たちのせいかもしれないぜ。特に鬼柳ちゃんが甘やかすから」

「べつに甘やかしたつもりは……」

「そ、そうですよ……先輩は……いつも、すごくて……」

「なら、貴様。俺が悪いとでも言うのか?」

「ひぅ……い、いえ、あの……だれが悪いとかではなくて、その……」

「ま、一番悪いのは、どう考えても尊なんだけどな」

「貴様ここになにしにきたんだ? さっさと本題に入れと言ったはずだ」

 そう言ったかと思うと、ソファーに深く腰かけて足を組む。


「おい、丹生。なにを突っ立っている? とっとと話をはじめろ。どうせ進行役は貴様だろう」

「は、はいぃ……すみません……」

「尊……」

「だまれ。怖がらせてなどいない」

「いや、おまえいまのは完全に確信犯だろ。丹生ちゃんに八つ当たりすんな」

 瀬戸がツッコミをいれるも、尊はこれ見よがしに貧乏ゆすりを始める。

「あーあー、分かったよ。まあ、いつまでも雑談してられねぇもんな。じゃ、そろそろ始めるとするか」

 瀬戸はソファーに座ると、律子に手招きをする。

「ほら、鬼柳ちゃんも座りなって」

 律子が座ったのを確認すると、瀬戸は「じゃあ」と言った。

「丹生ちゃん、お願いね」

「は、はい……」

 丹生はおっかなびっくり話を始める。


「ま、まず、先日の『騎士団』団員殺人事件ですが……」

 一度チラリと律子を見て、

「国防部の人間を中心に、身辺調査を行いました……。その結果、『アドラスティア』と関わりのある人物はいませんでした……アリバイのない人物はいましたが……」

「当然だな。非番の者もいるだろう……第一、動機はなんだ? 恨みを持っている奴でもいたのか?」

「それが……」

 とどんどん声が小さくなっていく。


「見つからなかったんだよ。お手上げだ。ただ、新たに分かったこともあってな」

 尊が文句を言うまえに、瀬戸が言った。

「分かったことだと?」

「なんですか?」

 律子も身をのりだして訊いてくる。

「それが朱莉ちゃんをこの場に呼ばなかった理由でもあるんだけどな」

 と前置きしてから、急にまじめな調子になって言う。


「死体の数が合わなかったのさ。朱莉ちゃんに聞いた数と、孤児院にあったリストの人数は一致した。だが、死体の数とは一致しなかった」

「どういうことだ? なぜいまになってそんなことが分かる?」

「消息をおったが行方知れず。しかも、孤児院の人間だけじゃない。『危険区域』で暮らす何人もの人間が、行方不明となっているんだ。そこで、一つの仮説を立ててみた」

 そう言って人さし指を立てる瀬戸。尊はいら立ち気に舌打ちする。

「前置きはいいと言ったはずだ。さっさと話せ」

「消えた孤児院の人間こそが、『安全地帯』に侵入した『フレイアX』の正体なのではないか」

「な……っ!?」

 その突拍子ともいえない考えに、律子は思わず声を上げる。言わんとするところを看破したからだ。

「二人も知ってるだろ? ここ数年、いままでとはすこし違う……知性を持った『フレイアX』が出てきたこと」


 侵入した『フレイアX』は、死者もけが人も出すことなく、適度な騒ぎを起こしていた。裏で『フレイアX』を操っている人物がいるにしても、命令を聞き、遂行する知性のない獣では、今回の事件を起こすことなどまず無理だ。

 以前尊が言ったとおり、裏で糸を引いている者がいるのは明らかだ。

 必然的に、それはさらなる事態を指し示す。

「五年前もそうだった」

 瀬戸が神妙な面持ちで言った。


「あのときも、今回のようなわずかな知性を持った『フレイアX』が出現していた。五年前、おまえと唯ちゃんを襲ったのが、それだ」

 尊は目をきつく細める。

「『危険区域』とはいえ、五年前といえば、おまえたちが生活していた区域はちょうど『騎士団』が遠征して『フレイアX』を駆除していた時期だ。そこに一度に数体が出現したとなると……」

「どこからか迷いこんだが、あるいは……何者かによって改良、造りだされたものである可能性が極めて高い。行方不明の人間はそれの犠牲者とみるのが妥当か。だが、『フレイアX』として現れなかったところを見ると、失敗作として処理されたようだな」

 瀬戸の言葉を尊がひきつぐ。


「なるほど。つまり、俺は今回の事件の関係者と言うことか」

「五年前と今回の犯人が同一人物である可能性がある以上、それは否定できねぇな。問題は……」

「だれが犯人か、ですね」

 律子の声もいつになく重い。その理由は、彼女が言ったとおり、『だれが犯人か』という点にある。

「それだけのことをやってのけるのは、一般人ではありえない。中央省の、それもかなりの地位にいる人間にかぎられる」

 なんでもないことのように言って、尊は足を組み替える。


「そういうことだ」

 瀬戸は困ったように肩をすくめる。

「というわけで、おまえらの容疑は薄くなった。俺は濃くなったが」

「なら、貴様が犯人なんじゃないか?」

「おいおい、冗談はよせよ。俺にはそんなことをする理由がない」

 おどけた口調で言う瀬戸。

 尊はフンと鼻をならすと、吐きすてるように言う。

「余計状況が悪くなったな。上層部が相手となると、メンツ云々は壊滅的だ」

「弱気だな。なんなら、おりても構わないぜ」

「おりるだと?」

 尊は喉の奥でせせら笑う。


「おりるわけないだろう。五年前のことに関わっているのならなおさらな。この犯人は逃しはしない」

 尊の言葉には確固たる強さがある。

 それが、彼が本気であることを、その場の全員に知らしめていた。

「容疑者が絞られたのは好都合だ。それなら、大体の見当はつく」

 そう言って、律子に意味ありげな視線をむける。


「鬼柳先輩……」

 丹生が心配そうに言うなか、律子はニコリと笑って見せる。

「いいのよ、丹生。仕方のないことだわ。防衛省側が疑われるのはね」

 律子は瀬戸にむきなおり、

「でも、上層部が相手となると、かなり難しいわね。局長は、なにか考えがあるんですか?」

「いんや、なにも」

 当然のことのように肩をすくめるので、律子はフリーズしてしまう。

「あるわけないだろ?」

 一方、瀬戸は胸を張って重ねてくる。


「ちょ……」

 と異議を唱えようとしたそのとき、

「そうだな」

 と尊が短く同意した。

「ちょっと、あんたまでなに言ってんの?」

「なにがだ?」

「なにも考えがなくてどうするのよ! 一刻もはやく事件を解決しなくちゃいけないのに……」

「そう怒るな。また小じわが……」

「あんたつぎにその話したら刻むわよ!」

 律子の鬼のような形相を見て、しかし尊は臆することなく鼻をならしてみせる。


「こちらから動く必要はない。そんなことをせずとも、いずれむこうから尻尾を出す」

「どうしてそんなことが言えるのよ?」

 食い下がる律子だが、尊が質問に応えることはなかった。

「まあ、とにかくそういうことだ。じゃあ、解散。鬼柳ちゃん、丹生ちゃん、あとはよろしく。俺はキレイな姉ちゃんのいる店に遊びに行く」

「では俺も、唯のもとに行くとしよう。この日をどれほど待ち望んだことか……」

 二人は、すたこらさっさと歩きだす。

 そうか、これが狙いか。

 なんのことはない。この二人は仕事をさぼりたいだけなのだ。瀬戸はキャバクラに行くために。尊は唯と外出するために。


「ちょっと待ってください!」

「ぐえっ」

 いきなり体中が痺れ、瀬戸はマヌケな声を出す。律子が『雷剱』を使ったのだ。

「逃げようったって、そうはいきませんよ! 今日こそはちゃんと働いてもらいますから!」

「いやいや、そりゃ困るよ鬼柳ちゃん。ゆきなちゃんに絶対行くって約束しちゃったんだから」

「ダメなものはダメです!」

「哀れだな征十郎。安心しろ、貴様の分まで俺が楽しんできてやる。さらばだ」

 そう言って病院内だと言うこともかまわず駆けだす尊。それと同時に、腰に差していた『銀狼』から『ダークマター』をだし、それは黒い霧のように広がって律子たちの視界を制限する。


「ああっ! 丹生、追って! 捕まえてちょうだい!」

 煙のように舞う『ダークマター』を払いながら言う律子。

 異常事態が起きたと勘違いしたのか、警報機までなりだす始末に、丹生は涙目になる。

「うぇえっ!? そ、そんなこと言われても……」

 豊満な胸をゆらしながら応接間を出るも、すでに尊の姿は見えなくなっていた。

 見事に逃げられた。


 律子は深い深いため息をつくと、がっくりと肩を落とすのだった。

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