女神大戦

‐The Splendid Venus‐
灰原康弘
灰原康弘

第三章 華京院凛香という少女⑨

公開日時: 2021年2月23日(火) 21:46
文字数:2,709

 尊、朱莉、凛香の三人は、一緒に学園に登校するとこにした。前述したとおり、凛香は一人で外を出歩くことはできない。したがって学園に行くさいも、尊か朱莉の同行が必要になる。


 途中尊の皮肉を何度か聞きながら、一同は学園に到着する。三人が教室に入ったとき、クラスメイトたちは皆一様に驚いた顔をむけた。

 朱莉と尊が話しているのは何度も見ているが、一緒に登校してくるのを見たのは初めてだ。凛香に至っては、言いあっているところ以外見たことがない。尊がおらず朱莉と凛香だけ、あるいは尊と朱莉の二人というならわかるが、尊がおり凛香がいるというのはまったくの予想外、というより、信じがたい光景だった。


「ねえねえ朱莉ちゃん」

 席に着いた朱莉に、美希がさっそく声をかけた。

「どうしたの? 柊くんと一緒に登校なんて……」

「う、うん。偶然会って、一緒に行くことになったんだ」

「ふーん」

 美希は探るような視線で朱莉を見た。


「華京院さんとも?」

「そうだよ」

「本当かなぁ……」

 疑り深く見たかと思うと、今度はからかうように続ける。

「なにかあったんじゃないの?」

「えー。なにかってなにさ」

「それは分かんないけど、だって三人が一緒にいるなんて、なんか変だよ。あやしい」

 美希はズバリ、クラスメイトたちが言いたいであろうことを言った。

「あやしいって……」


 なにかあったといえば、あった。凛香の身に起きた出来事である。だが、美希の言う〝なにか〟というのは、そういう意味ではなく、ちょっと色っぽいことを邪推しているのだろう。

「ホントになにもないよ。普段の尊くん見てて、なにかあると思う?」

「……思わない」

 美希がちょっと考えて言った。

「でしょ?」

 朱莉は笑って言う。すると美希は拍子抜けした表情になった。

「そっかぁ。でもなんかつまんない」


「つまんないって……」

 そういう問題だろうか。サイン会に行こうと言いだしたことといい、まえから思っていたが、どうもこの少女には野次馬根性というものがある。ミーハーと言い換えることもできるだろう。

「あ、そういえば」

 急に思い出したことがあるといったように、美希が声を上げた。

「今日ね、心理学の先生のセミナーがあるんだ。いま人気の人で、時々テレビにも出てる人なんだけど。朱莉ちゃんも行かない?」

「心理学?」

 朱莉は一昨日の美希の言葉を思い出し、眉をひそめた。


「美希ちゃん。超能力とかが好きなんじゃなかったの?」

「うん。好きだよ」

「心理学って、それとは全然違うっていうか、超能力を否定するようなやつじゃないの?」

 すると美希は、顔を横に振った。

「そうなんだけど、その先生すごいんだよ。すこし話しただけで、すぐに人を暗示にかけたりできるんだ。スタジオに隠したものなんかも、すぐに見つけちゃうんだよ」

「へー。それって、超能力じゃないの?」

「うん。あくまで心理学のハンチューなんだってさ」

 美希は楽しそうに続ける。

「ね、面白そうでしょ? 一緒に行こうよ」

「うーん」


 正直なところ、あまり興味がわかない。しかし、すぐに人を〝暗示〟にかけられる。という点が気になった。

 いま、凛香は〝暗示〟にかけられている。律子は朱莉に凛香のことを頼むさい、凛香にかけられた暗示は極めて強力なもの。彼女の言動に注視してほしい、と言った。

 そこに行けば、なにか掴めることがあるかもしれない。

「そうだね。じゃあ、私も行ってみようかな」

「ホントっ!?」

 美希が身を乗りだしてきた。ちょっとびっくりして身を引いてしまうが、美希は朱莉の手をぎゅっと握った。


「よかった。また断られたらどうしようかと思った」

 美希は安心したような、でも嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

 つられて、朱莉も笑ってしまう。こうも喜んでもらえるとは思わなかった。それは素直にうれしい。ちょっと恥ずかしくもあるが。

 せっかくだから、尊と凛香も一緒に行ってはどうだろうか。四人で見れば、なにか分ることがあるかもしれない。

「ねえ、尊くんと華京院さんも誘っていいかな?」

「いいよ! 大勢で行ったほうが楽しいと思うし……でも、またあの二人? やっぱりなんか怪しいなあ」

「怪しくないって……」

 朱莉は困ったように笑う。

 お許しが出たことだし、あとで、尊と凛香も誘ってみるとしよう。




「断る」

 昼休み、朱莉の誘いを、尊は食い気味に一刀両断した。

「あいにく、俺は忙しいんだ。貴様と違ってな」

「じゃあ、華京院さんは……」

「貴様今朝の俺の言葉をもう忘れたか? こいつにいま気軽にうろついてもらっては困る。それに、こいつにもそんな時間はない。二日で、あの男に勝たなければならないのだからな」

 相変わらず、尊には取り付く島もない。


「すまん美神。私は行けそうもない」

 凛香は申し訳なさそうに眉をハの字にして言った。

「うぅん、仕方ないよ。私と美希ちゃんで行ってくるね」

 朱莉は両手を振って言うと、

「二人はどこ行くの?」

 朱莉は二人が教室を出て行こうとしたところを呼び止めたのだが、尊も凛香も、弁当を持ってはいない。だから、これから昼食、というわけでもなさそうだ。そもそも、この二人が一緒に食事をとる光景自体、まるで想像できない。


「演習場だ」

 尊がそっけなく言った。

「? どうしてそんなところに?」

「決まってる。やつに勝つための修行をつけてやるんだ」

 尊は凛香の兄・刀哉に、二日で凛香を勝たせると言ったらしい。しかも刀哉は『騎士団』団長であるとも聞いている。

 朱莉は意外な感に打たれた。この少年は、ここまで面倒見がよかっただろうか。いや、そもそも勝手にケンカを売ったのは尊なのだから、責任を取っているだけとも言えるのか。

 いずれにしても……。


「ねえ、二人ともちゃんとご飯食べたの?」

 昼休みはまだ始まったばかりである。尊の席は朱莉の隣なので、すくなくとも尊が食事をとっていないことを彼女は知っていた。

「運動するなら、ちゃんとご飯食べないとダメだよ」

「そんなもの必要ない」

「あるよ。それに、演習場って勝手に使ってもいいの?」

 そもそも、あそこは一ヶ月ほどまえに、尊が半壊させたばかりではないか。

「教官の許可があれば可能だ。そら」

 と言って、尊は懐から一枚の書類を朱莉に見せる。『演習場使用許可証』と書かれた書類の署名欄には、〝鬼柳律子〟の名が書かれていた。


「質問は以上か? ならもう行かせてもらう。貴様もとっとと来い」

 そう言って、さっさと歩いて行ってしまう。いつものことながら、なんとゴーイングマイウェイな少年だろう。凛香が申し訳なさそうにしてくるので、朱莉まで申し訳ない気持ちになってしまう。そんな中、一人大きな態度でずかずか歩くのが元凶たる尊だ。


 朱莉は仕方なく、購買でパンでも買って差し入れようと思うのだった。

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