尊、朱莉、凛香の三人は、一緒に学園に登校するとこにした。前述したとおり、凛香は一人で外を出歩くことはできない。したがって学園に行くさいも、尊か朱莉の同行が必要になる。
途中尊の皮肉を何度か聞きながら、一同は学園に到着する。三人が教室に入ったとき、クラスメイトたちは皆一様に驚いた顔をむけた。
朱莉と尊が話しているのは何度も見ているが、一緒に登校してくるのを見たのは初めてだ。凛香に至っては、言いあっているところ以外見たことがない。尊がおらず朱莉と凛香だけ、あるいは尊と朱莉の二人というならわかるが、尊がおり凛香がいるというのはまったくの予想外、というより、信じがたい光景だった。
「ねえねえ朱莉ちゃん」
席に着いた朱莉に、美希がさっそく声をかけた。
「どうしたの? 柊くんと一緒に登校なんて……」
「う、うん。偶然会って、一緒に行くことになったんだ」
「ふーん」
美希は探るような視線で朱莉を見た。
「華京院さんとも?」
「そうだよ」
「本当かなぁ……」
疑り深く見たかと思うと、今度はからかうように続ける。
「なにかあったんじゃないの?」
「えー。なにかってなにさ」
「それは分かんないけど、だって三人が一緒にいるなんて、なんか変だよ。あやしい」
美希はズバリ、クラスメイトたちが言いたいであろうことを言った。
「あやしいって……」
なにかあったといえば、あった。凛香の身に起きた出来事である。だが、美希の言う〝なにか〟というのは、そういう意味ではなく、ちょっと色っぽいことを邪推しているのだろう。
「ホントになにもないよ。普段の尊くん見てて、なにかあると思う?」
「……思わない」
美希がちょっと考えて言った。
「でしょ?」
朱莉は笑って言う。すると美希は拍子抜けした表情になった。
「そっかぁ。でもなんかつまんない」
「つまんないって……」
そういう問題だろうか。サイン会に行こうと言いだしたことといい、まえから思っていたが、どうもこの少女には野次馬根性というものがある。ミーハーと言い換えることもできるだろう。
「あ、そういえば」
急に思い出したことがあるといったように、美希が声を上げた。
「今日ね、心理学の先生のセミナーがあるんだ。いま人気の人で、時々テレビにも出てる人なんだけど。朱莉ちゃんも行かない?」
「心理学?」
朱莉は一昨日の美希の言葉を思い出し、眉をひそめた。
「美希ちゃん。超能力とかが好きなんじゃなかったの?」
「うん。好きだよ」
「心理学って、それとは全然違うっていうか、超能力を否定するようなやつじゃないの?」
すると美希は、顔を横に振った。
「そうなんだけど、その先生すごいんだよ。すこし話しただけで、すぐに人を暗示にかけたりできるんだ。スタジオに隠したものなんかも、すぐに見つけちゃうんだよ」
「へー。それって、超能力じゃないの?」
「うん。あくまで心理学のハンチューなんだってさ」
美希は楽しそうに続ける。
「ね、面白そうでしょ? 一緒に行こうよ」
「うーん」
正直なところ、あまり興味がわかない。しかし、すぐに人を〝暗示〟にかけられる。という点が気になった。
いま、凛香は〝暗示〟にかけられている。律子は朱莉に凛香のことを頼むさい、凛香にかけられた暗示は極めて強力なもの。彼女の言動に注視してほしい、と言った。
そこに行けば、なにか掴めることがあるかもしれない。
「そうだね。じゃあ、私も行ってみようかな」
「ホントっ!?」
美希が身を乗りだしてきた。ちょっとびっくりして身を引いてしまうが、美希は朱莉の手をぎゅっと握った。
「よかった。また断られたらどうしようかと思った」
美希は安心したような、でも嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
つられて、朱莉も笑ってしまう。こうも喜んでもらえるとは思わなかった。それは素直にうれしい。ちょっと恥ずかしくもあるが。
せっかくだから、尊と凛香も一緒に行ってはどうだろうか。四人で見れば、なにか分ることがあるかもしれない。
「ねえ、尊くんと華京院さんも誘っていいかな?」
「いいよ! 大勢で行ったほうが楽しいと思うし……でも、またあの二人? やっぱりなんか怪しいなあ」
「怪しくないって……」
朱莉は困ったように笑う。
お許しが出たことだし、あとで、尊と凛香も誘ってみるとしよう。
「断る」
昼休み、朱莉の誘いを、尊は食い気味に一刀両断した。
「あいにく、俺は忙しいんだ。貴様と違ってな」
「じゃあ、華京院さんは……」
「貴様今朝の俺の言葉をもう忘れたか? こいつにいま気軽にうろついてもらっては困る。それに、こいつにもそんな時間はない。二日で、あの男に勝たなければならないのだからな」
相変わらず、尊には取り付く島もない。
「すまん美神。私は行けそうもない」
凛香は申し訳なさそうに眉をハの字にして言った。
「うぅん、仕方ないよ。私と美希ちゃんで行ってくるね」
朱莉は両手を振って言うと、
「二人はどこ行くの?」
朱莉は二人が教室を出て行こうとしたところを呼び止めたのだが、尊も凛香も、弁当を持ってはいない。だから、これから昼食、というわけでもなさそうだ。そもそも、この二人が一緒に食事をとる光景自体、まるで想像できない。
「演習場だ」
尊がそっけなく言った。
「? どうしてそんなところに?」
「決まってる。やつに勝つための修行をつけてやるんだ」
尊は凛香の兄・刀哉に、二日で凛香を勝たせると言ったらしい。しかも刀哉は『騎士団』団長であるとも聞いている。
朱莉は意外な感に打たれた。この少年は、ここまで面倒見がよかっただろうか。いや、そもそも勝手にケンカを売ったのは尊なのだから、責任を取っているだけとも言えるのか。
いずれにしても……。
「ねえ、二人ともちゃんとご飯食べたの?」
昼休みはまだ始まったばかりである。尊の席は朱莉の隣なので、すくなくとも尊が食事をとっていないことを彼女は知っていた。
「運動するなら、ちゃんとご飯食べないとダメだよ」
「そんなもの必要ない」
「あるよ。それに、演習場って勝手に使ってもいいの?」
そもそも、あそこは一ヶ月ほどまえに、尊が半壊させたばかりではないか。
「教官の許可があれば可能だ。そら」
と言って、尊は懐から一枚の書類を朱莉に見せる。『演習場使用許可証』と書かれた書類の署名欄には、〝鬼柳律子〟の名が書かれていた。
「質問は以上か? ならもう行かせてもらう。貴様もとっとと来い」
そう言って、さっさと歩いて行ってしまう。いつものことながら、なんとゴーイングマイウェイな少年だろう。凛香が申し訳なさそうにしてくるので、朱莉まで申し訳ない気持ちになってしまう。そんな中、一人大きな態度でずかずか歩くのが元凶たる尊だ。
朱莉は仕方なく、購買でパンでも買って差し入れようと思うのだった。
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