自己とは、最も見やすい光である。
と、俺は考えている。
他者という鏡に反射して、否が応でも見せつけられる。
なので。
「死にたい……」
いつものPCでの動画視聴。動画というか音楽。
最近はヒップホップやロックに手を伸ばしたりもしているが、やはり戦隊シリーズの音楽は良い。
自分に上手くハマらない曲もあるが、ノリの良さ、分かりやすい曲の構成、コードの進行、歌詞等々。
これはつい子どもも歌ってしまうし、大人になると聞いていてより深みが増す。
飾らない、ストレートな言葉は一番の栄養素だ。
最近天上戦隊ヨイヨイサーという番組が始まり、前向きな天使と後ろ向きな悪魔の戦いが注目を集めている。
音楽を聞いたり歌っていたりしている間は全てを忘れていられる。
ヨハン・セバスティアン・バッハは”音楽は、精神の中から日常生活の塵埃を掃除する”と言ったそうだが、しかし俺の精神の中にはドサドサと塵埃が投げ込まれる。掃除しても掃除しても、無くならない。
バッハの”アヴェ・マリア”や”トッカータとフーガ”を聞いても、心は洗われる。しかしすぐ泥に塗れてしまう。
思い出という言葉は綺麗だが、それは醜い過去という言葉が着飾っただけの記憶。
俺自身の醜い過去が、歩いている足を掴む。塵埃を投げ込む。泥を塗ってくる。
ズルズルと、歩かせないと、引っ張ってくる。
「消えたい……」
別に大きな失敗をしたわけではない。
ギャンブルで万単位のお金をスったとか、横領したとか、不倫したとか、そういうわけではない。
ふとスマホのSNSを開く。
一番上のやり取り。
”あんたは男として見れないから”というやり取り。
またフラれた。俺は女として見てるんだけどな。
まぁ好きでもない人間から好意を向けられて、良い思いするのなんてアイドルくらいか?俺に足りなかったのは意中の相手をアイドルにするプロデュース能力と権力と財力だったか。
色々足りてないな。
足を引っ張る過去はそれ以外にもある。
前回の失恋。仕事の失敗。不眠。……。
そもそも足を引っ張られていると勘違いしてるだけで、身体の半分くらいは食べられてるんじゃないか。そう思う程にここ最近の歩みが遅い。歩いているというより這いずっていると言った方が良いだろうか。
非情にも、弱肉強食。
俺も食べてきた命がある。だから、俺もいつか食べられる。可能性という命に。
「そんな君に良い話がブッ……おいおいフローガ、邪魔をするな」
「なによ!あたしが最初に声をかけたって良いじゃない。ようやく会えたんだから!」
「君は本当に彼が好きだねぇ」
……。
俺、今は音楽が終わって次の音楽を探してるはず。
他タブで開いているお気に入りのASMRは、そんなシチュエーションボイス系ではない。
とうとう幻聴が。
「別宇宙でようやく見つけて、一緒になったんだよ!?忘れられるわけないじゃない」
「分かった分かった。でも一応、僕は地球の神だよ?代表者である僕が声をかけずに誰が声をかけるって言うんだ」
「あたし」
そういや最近、昔の鬱アダルトゲームの解説見たら、怖くなったんだよな。
自殺衝動の波がどうだとか、カラスとか猫と話するとか。
俺、とうとう片足突っ込んだか。
「まぁ、話が進まないからじゃあもう君が交渉しなよ」
「分かった!あたしはフローガで、こっちはバーラーワンって名前の神です」
声の主が姿を現した。PCのモニタから。
フローガと名乗る神は女性で、色白、黒髪に赤のインナーカラー、メイド服のような丈の長いスカートの服を着ていて、尻尾がある。
バーラーワンの方は中性的な顔をしているが、声的に男性だろうか。緑髪で、バスローブを着ている。
「はぁ……ど、どうも神様」
「あなたはこれからクレアジオーネとして転生して、あたしのところで生きてもらいます」
「おい。いくら別宇宙の記憶を持ってるからって、順序ってものが」
「良いの!あたしが説明するから」
話が見えてこねぇ。
親父、すまねぇ。もう幻聴と幻視が止まんねぇよ。
「ってか、あたしの知識の一部をあげちゃうから、手、出して」
言われるままに手を差し出してみる。
「ごあんな~~~い」
「じゃあ僕は、クレアジオーネ君の中に失礼させてもらうよ」
神様がそう言うと、俺はPCモニターの中に引きずり込まれた。
ーーーーーーーーーー
目を開けると、そこは森の中だった。
「目、覚めた?」
頭の下に柔らかい感触。
フローガという神様に膝枕されていた。
「わ、ごめんなさい!」
「いいのいいの。それより……耳かきさせて♡」
「え、怖……」
「いいからいいから」
顔を横に向ける。
すると耳かき棒が入ってきた。
うわ……気持ち良い……。
「世界のこと、少しずーつ、頭の中に入れていくからね♡」
ーーー1時間後ーーー
この世界を知った。
どこからどこまで知ったのかは分からない。
ただ、まず言えることは。
「何でフローガさんはここに来たんですか?」
「分かってるくせに……ビックバンエナジーを使ったクレアを愛しているから!」
「別宇宙で俺が無限の魔力を発生させたせいで終焉を迎えて、フローガさんはこっちの宇宙に逃れて、こっちで生まれたフローガさんを半殺しにして、そうしてまで俺を愛していると?」
「そう!」
俄かに信じ難い。
別宇宙、つまりはパラレルワールドからわざわざ同一人物を探して、愛を語りに来たわけだ。
いや、正確にはどうやら魔力というものを消滅させたいという目的もあるらしい。
「……で、別宇宙の俺が存在するってだけでも奇跡だとは思うんですけど、その俺に宇宙から魔力を消して欲しいと」
「そう!私の星の子がビックバンエナジーを使ってるから、その魔力を消して欲しいの」
”自分でやれ”と言いたくなる。言うか。
「こっちの宇宙に来たときにはもう間に合わなかったってことですか?自分が宇宙を変えたいとは思わないってことですか?」
「間に合わなかった。で、あたしも試そうとしたけど、魔力が無い宇宙なんて知らないから、そもそも想像できないの。だいたい魔法で魔力を消すなんて。そこで魔法を知らないクレアに頼ったってわけ」
「……」
魔法で魔力を消す。か。
俺にだって簡単に想像がつくことじゃない。
魔力が物質であることはなんか知識としてあって、それが多種多様なモノに魔法で化けるということらしい。で、無魔法は魔法に化けた魔力を元の魔力に戻すだけだから、魔力自体を消すことができないと。
つまり新たな魔法を想像する必要があるのか。
これは創造の力じゃない。想像するんだ。
そして考えるべきだ。
魔力が消えた宇宙の存在を。
今までの命の歩みの否定という、禁忌を犯してしまう可能性を。
魔力の消滅は、正直直感に反する。
魔力の消滅とは、すなわち理の消滅。
「……考えさせてください。できるかどうかも分からないし、それにこれは”はい分かりました”で決めて良いことじゃないです」
「あたしはいつでも待つから。大丈夫」
何が大丈夫なんだ。俺は大丈夫じゃないぞ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!