俺はそんなに自己を肯定しない。
つーか自己ってなんだよ。
他者との関係の中にある自分ってなんだよ。自分によって経験または意識される自分ってなんだよ。
人からフラれたり、人と死別したりしてるんだぞこっちは。
言葉の意味から察すれば、人は……いや命は他の命と関わる前提で生まれているということだ。
直感的にだが理解もできる。俺は他の命と話している時、一番物事を考えている。
それは”相手がどう考えているんだろう”とか”この話題はどうだろう”とか。或いは”俺は何を考えているんだろう”とか”何か話題無いかな”とか。
だからと言って、自己がはっきりと見えたと感じたことは無い。
見ようとすればするほどわけが分からなくなる。”何でこんなことを考えたんだろう”とか。逆に”何で何も思い浮かばないんだろう”とか。
考えることはできるが、はっきりと見ることはできない。
あぁそうか。
太陽がそこらへんの鏡に反射しているのを見て、太陽の形がはっきりすることはない。同じく、自己が他の命に反射しているのを見て、自己の形がはっきりすることはない。
しかも言うまでもなく、自己とは変わりゆくモノ。それをはっきりとさせることができないのは、自明の理か。
未完成の理だ。
で今回、魔力の消滅という、理を消滅させるという偉業を求められているわけだが。いや、偉業なわけがない。ただの大仕事だ。
消滅させるほどの想像力は……正直ある。魔法は創造できるだろう。
だから考えるべきは、本当に消滅させて良いのか、そして消滅した後の宇宙だ。
命の歴史は、魔力の歴史。魔力が消滅したら命は生きていけるのだろうか。いや否である。
何故なら命は体内に魔力を保有し、身体の一部として進化していったからである。そして、魔力を前提とした狩り、暮らし、文化等、歴史を刻んできた。
今更魔力無しには生きることはできない。俺の国では俺が生まれたときから無魔法によって魔法が封じられていたが、そんな国でも魔力はあったし、歴史も刻まれていた。魔力が消滅すれば命は身体の一部を失い、魔力によって守られているものも守られなくなる。
よって魔力を消滅させることは、命の否定。歴史の否定。だから折衷案として、無限に創造された魔力だけを取り除くというものがある。
それなら宇宙は終焉を迎えることなく、皆も魔力をこれまで通り使うことができる。
しかしどうやってビックバンエナジーで創造された魔力を判断する?宇宙空間には無いが、それぞれの星には元々魔力がある。器用に取り除けるのか?そこは俺の想像力次第か。命が創造した魔力だけを消滅させる、そんな魔法を新たに創造するのだ。
取り敢えずその折衷案でいこう。
しかしその後だ。再びビックバンエナジーが発動された時、誰が止めるのだろうか。
これは深刻な問題だ。魔法の発展が宇宙を滅ぼすのだ。無限の魔力によって宇宙は繰り返し終焉を迎え、神々は別宇宙へ逃れる。
それは一概に悪い、と判断できることではない。ぶっちゃけどうだっていい。別宇宙の命がどうなろうと知ったことではない。
だが、神々によってこの宇宙が終焉を迎えることは、この宇宙に生きる命として止めなければならない。
神ではなく、命だからこそ、この無限の連鎖を止めなくてはならない。
別宇宙の命がどうなろうと、とは言ったものの、この宇宙を終焉の危機から救うためには、全宇宙すら掌握する創造力が必要になる。
何?その途方もない話。
俺。俺だけじゃなくフローガの星の子もさ。
何で行き過ぎたソウゾウ力に身を任せて魔法を発動しちゃったわけ?
これでは命の発展というより、衰退だ。
宇宙が終焉を迎えなかったら良いと言う話でもない。
命が、神という不老不死で無限の力を持つ存在になり、命を創る。しかしその命は発展したのだろうか。結局命がビックバンエナジーを発動させた時点で命の発展は止まるのだ。そこで神になってしまうから。
魔法ってのはもっと自由であるべきだ。
発展を止める魔法とは、まぁある意味では魔法ではあるが、命というものを生み出す意味が無くなってしまう魔法だ。
その意味で、ビックバンエナジーとは神の魔法だ。命の発展を度外視した神のための魔法。
不老不死の神によってもたらされるものとは何だ?無限の時間。無限の魔力。無限の……思いつかね。
神にとっては、新たな歴史の1ページとなるか?否。神は新たな歴史を刻まない。
不老不死であるが故に、新たな考えが生まれないと考えるからだ。
過去をいくらでも見ることはできるだろうし、今を見ることもできる。未来はどうだ?
「バーラーワン……様」
「なんだい?」
「バーラーワン様の夢はなんですか?」
「それはもう、人間の発展さ」
「……あなたが存在していて、それが叶うと本当に思いますか?」
「叶うと思ってる。宇宙の終焉さえなければね」
「じゃああなたもまだ、ビックバンエナジーの先の宇宙を見たことがないと」
「……そうなるね」
「ならあなたが存在している理由はなんですか。過去と今しかない、未来がない神様に、存在理由はあるんですか」
「……人々の心の拠り所さ」
「それは命でいいんです。いや、命の拠り所は、他の命であるべきだと考えます。何故なら全知全能でもない、未来を創る力もない神様に頼ったところで、物事の真理など追究できない。命こそが歴史の次のページに書き込みを許された、言ってしまえば神を超える存在だ」
「神によって知識をもたらされた、神より劣った力を持つ人間が、神を超える存在だって?」
「その傲慢さこそが神だ。やはりあなたは神様と言って差し支えないだろう」
「煽っているのかい?傲慢なのは君もそうじゃないのかい?」
「ふふっ。その一面はあるかもしれませんが本質ではありません。そうだ。命は永遠回帰をしない。輪廻転生もしない。死んだらどうなると思いますか」
「歴史さ。奇しくもこれは別宇宙の君にも教えてあげたことさ。”事実として、人間は死ねば誰かの記憶、記録に残り、その人間がそれに影響された行動をして、それに影響された人間が……と無限に続いていくんだよ。だからこそ、今死んでも良いと考えるのは理性的とも言って良い”と説明をしたね」
「それも一つの答えかもしれません。しかし僕は別の答えを考えています。それは、分からない、ということです。歴史になるという発言は一見物事を穿って見ているような感覚がしますが、死んで歴史になるなら、今までの歴史を全て知り得ることができるはずだ。あの音楽家は朝目玉焼きを食べた。ちょっと焦げていた。これは歴史でしょうか。ちょっと否。ただの過去や記憶でしかない。どんな人間でも代替可能な、なんてことない過去や記憶。それは歴史と呼ぶにはちょっと弱く、音楽家の目玉焼きが焦げたなんて歴史を、私は習ったことがない」
「でも歴史になると否定はできないんだろう?」
「否定はできませんよ。ただ、それだけでは命の肯定、否定にはならないと考えます。私が先ほど言った、分からない、ということは、強烈な不安を命に呼び起させます。しかし、それが故に目的を生み出すのです。過去でも今でもなく、未来に生きるために必要な劇薬なんです。だから命は、分からない、ということで生きて歴史を刻み死んでいく。そして新たな命が生まれ……と続いていくんです」
「君は問答法のようなもので僕を言い負かしたくて呼んだのかい?」
「言い負かしたい、とは違います。考えは相手との対話によって生まれます。問答法は個人的にあまり好きではありませんが、あなたと話していると真理を追究したくなります」
「そいつは光栄だ。別宇宙の君は”はいそうですか”だけだったからね」
「私はフローガによって知識を得てしまった。命の枠を超えた命になってしまった。もう戻れません。無限に増えた魔力だけを消滅させ、その後、ビックバンエナジーや創魔法を使えない宇宙にします」
「具体的にどうするんだい?」
「まず神々に故郷の星へと帰還して頂きます。そして魔力の身体を肉体に置き換えます。そして魔力を消滅させる滅魔法を発動します。最後に、私が滅魔法の概念として在り続けます」
「在り続けるって……精霊になるってことかい?しかも魔力を消滅させる精霊なんて、誰からも歓迎されない存在になるってことかい?」
「……そうなります」
「君、本当にクレアジオーネかい?別宇宙の君はこんな……」
「私は私です。フローガさんにも話すつもりですが、文字通り、住む世界が違ったんでしょうね。神様からお知恵も拝借できましたし。歴史が違えば今も違う。今が違えば考えも違う。そして、未来も違う」
「……分かった。君に、神々に声を届ける魔法を授けよう。……ほら」
「ありがとうございます。では、いってきます」
「いってらっしゃい。精霊として会えることを祈って、旅でもするよ」
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