ふたりは常に行動を共にしていた。距離が縮まったというよりも、いつ敵が襲ってくるかわからない緊張からである。
見てきたものに耐えられず、いまにも泣き出しそうになっている雪良とはちがい実影は無表情でいた。しかし内心は、あまりの不安で眠るにつくことを躊躇っていた。
じっとしていると脳裏に焼きついている陰惨な映像が思い返される。目を閉じると次には自分の命がないような気がする。が、それだけが彼の不安の理由ではない。今後どうなるのか、感染した人たちはどうなるのか、もし未知のウィルスがこのまま広がり続けたら世の中はどうなってしまうんだろうと、考えても良い未来は思い浮かばず胸が揺さぶられるようにざわめき続ける。
一階へと消防士と黒江が向かい、外の様子をガラス越しに確認する。
ホールの一階部分はシャッターで補強されているが、まるで夜の街灯に羽虫が集まるかのように青白い顔の人間たちがこの建物を囲んでいた。その多くが、口の周りを血で赤く染めていたり、あるいはなんらかの怪我でひどい出血をしていた。
昼よりこの建物のまわりにいる感染者の量が増えている。一階の外にいるバグたちはどうにかここに入り込もうと窓をさすったり叩いたりと単純な行動を繰り返していた。感染者は知能が著しく低下しているのか開かない正面玄関の前に群がるばかりで、裏口の鍵をあけようとは一切してこない。
「光に集まってきてる」
洩れ出る光を見て、黒江がつぶやく。
「一階は消そう」
消防士の提案にうなずいた。腕は重傷だったようで添え木と包帯で応急処置が施されている。
地下にもどってきた消防士が、声を廊下に響かせて言う。
「感染者は光に集まってきてるらしい。夜の間は消すが、ガマンしてくれ」
返事はない。
消灯すると、暗闇にわずかな緑色の非常灯の明かりだけが残った。
しんとしている暗い廊下にラジオの音声がむなしく響いている。流れてくるニュースの内容は芳しくない。
実影はいくつか連なっている椅子のうえで横になり、いつのまにか眠ってしまっていた。心身ともに疲れ果て体力の限界がきていた。雪良は毛布をかけてやり、その隣で眠った。
朝になり、午後をすぎても実影は目を覚まさない。
その間に黒江たちは新たな動きをみせていた。
「救助にいこうと思う」と黒江が消防士に言った。
「正気か? やめとけ。きのう街をまわって、見つかったのはあの人たちだけだぞ」
「……外をうろつく価値はある。もしかしたら救助がきているかも」
消防士はそう言われて考えたあと「それはたしかにな」と同意する。
一日待って救助がこなかったのは事実だ。テレビでは世界が混沌に呑まれていく様子が映しだされ、ましてやラジオ局はまだ通じているチャンネルは一つか二つという異常事態である。待っているだけでは助からないかもしれないという黒江の考え方は状況に即している。
「わいもいくわ」
声をだしたのは派手な見た目の男、堀井だった。
「きてくれるの」
「ああ。やや。悪いけど、個人の物資を集めておきたいんやがええか?」
「……自分の分しか確保しないということ?」
「ほかにだれも志願者はおらんみたいやし、ええやろ」
「あのね。いまは協力しあわないと」
「協力し合わないとつったって、みてくださいよ。ほかにだれも命かけてるやつなんておらんやないですか。わいかてわざわざ他人のために死にたくはない。リスクをおかすなら自分のためにしたい。座席に空きがあるなら行かしてくださいや」
「いいだろう」
あっさりと消防士が認める。
「変なわがままを通すわけには……」と黒江は下がらない。
「いや。いまは男手がほしい。恐怖で動けない者がおおいなか、自分のためであっても来てくれるというんだ。理由はどうあれ歓迎する」
「なんや、話がわかるやないですか」
「私もいく。運転ならできる」
即座に出て行こうとする黒江を消防士が止める。彼女の折れていないほうの腕の肩をやさしくつかんだ。
「気持ちはありがたいけど、その怪我じゃいかせられない。おとなしくしていたほうがいい」
黒江は歯がゆそうに唇を噛んだが、やがてうなずいた。
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