ジュウクに比べて、ミイスケの人としての能力はそんなに高くないだろう。彼は特に、頭の回転が早い訳でも、知識が豊富な訳でも、勘が鋭い訳でもない。それほど体力がある訳でもないし、いざという時の護身術なども身につけてなどいない。
ただ彼は機術師であり、より昔の、ジュウクにはいなかった強力な助手がいる。それはもちろん、マキナであるラキメルとアリアーゼである。
「来ると思ってた」
キョートの街のとある館。
ある共用施設で強盗を働いた男を、小さな部屋に誘き出す事に成功したミイスケ。
「誰だ?」
「俺はこの街の一人自警団さ。名前はミイスケ」
「自警団だと」
男に観念した様子はなかったが、当然であろう。
彼は銃を持っていて、どう見ても、その場にはひ弱そうな少年がぽつんと立っているだけだ。実は天井にラキメルが張り付いていたのだが、男は気づいていない。
(「ミイスケ」)
男が何かするより前に危険を感知したラキメルは、それをミイスケの伝達神経に直接、電波を飛ばす事で伝える。それは《声》という機能である。
そしてミイスケはすぐさま、ラキメルから高電圧を発生させ、それによって発生した電流による刺激によって、愚かな男は気絶した。
電流の発生は、《電界》という機能。出力は最低にしていたが、それでも普通の人間一人の意識を奪うのに、その威力は充分すぎる。
キョートのような地域に法は存在しない。誰かへの罰を与えるのは、警察でも何でもない誰かである。ただし、管理エリアと呼ばれる、エシカのセキュリティマシンが管理する地区に行き、それに引き渡す事は出来る。
エシカとは、戦前から地球の至るところに存在している、地区ごとの管理マシン全てと繋がっているらしい、謎のマザーコンピューターである。どこかに存在するはずであるが、誰もそれがどこにあるのかを知らない。
単なる噂で、実は存在しないと考えている人も多い。しかしミイスケは、アリアーゼとラキメルが、それからの、特異な経路を介する電波を受信出来るので、存在は確信している。
そのエシカに動かされているという、管理エリアのセキュリティマシンは、もはや今の時代の警察である。
そしてそんな訳で、キョートのように、セキュリティマシンのない非管理エリア地域と、管理エリアでは、治安が歴然の差だ。
だからこそ、ミイスケのような、戦闘が得意で、それを仕事とする者は、基本、管理外エリアで生きている。小さな事件すら滅多にない管理地域では、誰も人間のガードなど頼りにしないから。仮に何かあったとしても、真っ先に頼るのはセキュリティマシンでいい。
だが確かに、無法地帯である管理外エリアでは、ミイスケのような者は必要であろう。実際に彼は、二機のマキナの力を借りて、悪党をこらしめ、虐げられる者たちをよく守っている。
自警団として、その名声も、探偵ジュウクがそうであったように、地域によってはそれなりに知れ渡ってもいた。
ただし、彼が機術師である事はあまり知られていない。それは別に隠しているという訳ではなく、単に人前でその能力を披露する機会があまりないから。
ーー
「お帰りなさいミイスケ、ラキメル」
家に帰って来たミイスケとラキメルを出迎えるアリアーゼ。
アリアーゼは、どちらかというと外出が嫌いで、自警団などにも興味がない。一方ラキメルは、むしろ室内にじっとしているのが嫌いで、自警団にも非常に興味があり、その活動を楽しんでいる。
そこで、必然的にミイスケは、自分の本来のパートナーではないラキメルとよく仕事をし、アリアーゼはいつも留守番している。機術師はマキナなら別に誰でも操作可能で、十分にその機能を発揮出来るので、それで特に問題はなかった。
ーー
ある日の朝。
「ミイスケ、誰か来たわよ」
家のドアの前に誰かが来たのを感知し、寝ていたミイスケを起こすアリアーゼ。
「う、うん、どんな人」
「多分子供ね、十歳前後くらいかし、ら」
アリアーゼの答とほぼ同時に響く、控えめなノックの音。
「子供?」
奇妙に思いながらも、立ち上がりドアのロックを解くミイスケ。
「入っていいよ」
ミイスケが言うと、ドアを開き、家に入って来た、アリアーゼの言った通り十歳前後くらいに見える男の子。
「君は?」とミイスケ。
「あの、ジュウクさん?」
「あ、いや」
男の子が口にした思わぬ名前に、一瞬戸惑うミイスケ。
「あの」
「いや、まずお互い自己紹介しておこう、詳しい話はそれから、おれはミイスケ」
「ぼくはアービー。ホンコンから来ました、親はでもアメリカ人です」
「ホンコン?」
それはまた信じられないような情報であった。
「何でそんな所から?」
「あの、ここはジュウクさんの家なんでしょう?」
「いや、違うんだよ。もう」
とりあえずもう、さっさと言ってしまった方がいいだろう。
「彼は死んだんだ。もう四年も前にな。俺は彼の息子だけど、探偵業は継いでない」
「死ん、だ」
「ああ、だからここはもう、彼の家でもない」
ミイスケはそう言うしかなかった。それが事実なのだから。
「何か、依頼があったのか?」
「お爺ちゃんが、殺されて」
「殺された? ホンコンで?」
それこそまさに衝撃的な話であった。
ホンコンは管理エリアなのだ。
ホンコンで殺人? 管理マシンたちの厳重なセキュリティに守られる地域で。
「カグって人が、ここを頼るといいって」
カグ、その名にはミイスケも覚えがあった。ジュウクがまだ生きていて、ゴーストを追っていた頃。ゴーストの手がかりを握ってるかもと彼が考えていて、よく話を聞きに行っていた科学者の老人シグの、助手。
ジュウクが死ぬ何週間か前、
トーキョーよりはキョートにずっと近い、オオサカという地域で暮らしていたシグとカグは、初めて自分たちの方からジュウクを訪ねてきて、三通ほどの手紙を手渡していた。
手紙の内容も、それがその後どう扱われたのかもミイスケは知らない。
手紙に関して、スグリは何度か聞いていたが、教えてもらえている様子はなかった。
とにかくその時。シグとカグの二人は、手紙を渡した後、研究のために、遠くホンコンに行くかも、と言っていたのもミイスケは覚えている。
結局ゴーストとも何も関係なさそうだったのであるが。
「あの、ぼく」
今や目に涙を浮かべていたアービー。
「ジュウクはもういないし、おれは探偵なんかじゃない」
でもそれがなんだ。自分にはまだアリアーゼも、ラキメルもいる。それに目の前の男の子の叔父を殺したのは明らかに……
「でもおれはジュウクの息子で、彼のやり方はずっと側で見てきた」
決心し、ミイスケは拳を強く握りしめる。
「だから力になれると思う。ジュウクに持ってきた君の依頼。よければおれが代わりに受けるよ」
アービーは何も言わずに頷き、しかし明らかに、安心した様子を見せた。
「よし」
頷きを肯定の意味に受け取り、ミイスケはあらためて尋ねた。
「ホンコンはエシカの管理エリアだ、誰も彼もが殺人なんて出来はしない。君のお爺ちゃんを殺した奴は何者だ?」
正直もう答はわかっていたが聞かずには、確認せずにはいられなかった。
どうせ答など一つしかないのに。
「ゴースト」
そう、まったく予想通りの人物だった。
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