「実験は実は失敗していたの?」
成功したと最後の報告にはあるが、人工的な魔術師など聞いた事もないという事実と、その実用性と科学的価値から、そのように推測するアリアーゼ。
「いや、成功した、政府の人間が百人以上関わる大プロジェクトだったが、たった三年で成功した」
「まるであなたも関わった一人のような言い方ね」
アリアーゼには、もうなんとなくゴーストの事情もわかったような気がしていた。
「あなたが人工的な魔術師?」
ミイスケの自分なりの推測。
「いえ、その人たちは逃げたわ、一機のマキナの力を借りてね」
「ちょっと待って、それって」
唐突にフードも仮面も取るゴーストに、アリアーゼは言葉を止め、ミイスケも、これまでゴーストと呼んできた女性を、目を見開いて凝視する。
ショートヘアーの茶髪、傷ひとつない整った顔立ち。とても数百人も殺してきた大量殺人犯には見えない、とても綺麗な、しかしどこか儚げな雰囲気の女性。それがその時ミイスケが彼女に抱いた印象だった。
「その実験は人を狂気に変えたわ、たくさんの人間、自分たちの友人や家族も平気で利用し犠牲にした」
そしてまた、毎回そうであるように、突然話を終えて、消えるゴースト。
「アリアーゼ」
「ミイスケ、後で話し合いたい事があるけど」
「うん、大丈夫、今は大統領の元へ行こう」
気を取り直し、またヘヴの道を進み始めるミイスケたち。
とにかくゴーストを確認した以上、のんびりとしていられないのは確かだった。
ーー
時同じくしてミイスケ達の家では、アービーとラキメルが奇妙な時間を過ごしていた。
「パッパラパー、ピピピピピ」
今や一時間おきくらいにラキメルは狂っていた。
ミイスケに綱で縛られたために、遠くに行く事こそないが、まったくどうしたものかと、アービーはもう途方に暮れていた。
「バーン」
そして数回ジャンプして、それは治まったようだった。
「またおかしくなってた?」
「うん、狂ってた」
正気に戻ったラキメルに即答するアービー。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」
今度はアービーにラキメルが即答する。
「いろんな意味でね、誰か来たみたいだ」
「誰かが?」
「武器は持ってないから安心してもいいかもとは思う」
不安そうなアービーにラキメルはそう告げた。
そして留守とは思ってくれなかったのか、むしろ留守だと思ったからなのか、誰かはロックのかかっているドアをノックした。
「ん?」
そこで何かに気づいたようであるラキメル。
「ロックは解除したよ」
叫ぶラキメルに、アービーはまた彼が正気を失ったのかもと思った。
「ラキメル」
「大丈夫、知り合いだよ」
「知り合い?」
説明する暇もなく、ロックの解かれたドアは開けられ、アービーとは初対面の、ラキメルとはよく見知った仲の、一人の少女が家に入って来た。
「久しぶりね、ラキ」
「ああ、久しぶりスグリ」
スグリとラキメル、二人の再会はジュウクが殺されて以来だった。
ーー
「誰だ?」
ヘヴの最上階。本来なら自分以外足を踏み入れる事すらない、大統領室にあっさりと入って来た何者かと向かい合った大統領、カーデュス。
「お前は、そんな」
そしてその何者かがゴーストだと確認すると、カーデュスは一瞬にして顔を青ざめる。
「わたしを殺すのか?」
「そうだな」
ゆっくりとカーデュスに近づくゴースト。
「なぜだ? ゴースト、お前は何なんだ?」
「お前は知っている、カーデュス・エンディーロ」
「わたしはお前など知らないぞ」
しかしもはやそんな事はどうでもよさそうである、カーデュスはただ恐怖に震え、立ち上がって後ずさり、壁に背中をつけた。
「鉄より硬い心はただ死を招く」
「うわあああ」
唐突なゴーストの言葉に、彼女の正体に気づいたのか悲鳴を上げるカーデュス。
「そうだよ。兄が、お前たちの説得によく使っていた、古い詩だ」
「違う、わたしは違う、頼む殺さないで」
「どの口が言える?」
カーデュスの言葉に怒りを露わにし、彼の座っていた椅子と、その前のテーブルをノエルの衝撃波と同じような、しかしより強力な力で吹き飛ばし、カーデュスのすぐ横の壁にぶつけるゴースト。
「大統領、伏せて」
ミイスケの叫びに、倒れるようにカーデュスは伏せた。
「ミイスケ」
アリアーゼの光砲を消えてかわし、ミイスケの隣に現れるゴースト。
「この世界は変えさせない」
すぐにゴーストの方へとアリアーゼを向け、また《光砲》を放つミイスケ。
しかしそれははゴーストに当たる寸前で屈折し、カーデュスのもたれかかっているのとは別の壁に穴を開けた。そしてとっさに今度は《偽弾》を放つミイスケ。
「あっ?」
ミイスケたちにとってもかなり意外な展開だった。防弾装備か魔術かは知らないが、弾丸は弾かれながらもゴーストにちゃんと当たった。
「ゴースト?」
攻撃を辞めるミイスケ。
「今のはわたしを止める唯一のチャンスだった。攻撃を辞めるなんて甘いな」
そしてゴーストはミイスケを、シールドを発生させる暇も与えず、壁へとぶつけた。
「ミイスケ」
「大丈夫」
痛みをこらえ、アリアーゼにも答え、《風足》で、ゴーストの後ろへと素早く回り込むミイスケ。
「いっ」
またあまりにも意外な攻撃だった。
ゴーストはミイスケたちの攻撃よりも早く、自身の足で後ろのミイスケの足をひっかけ、こかしたのである。しかし地にはつかず、また風足で一旦部屋の隅の角に着くミイスケたち。
「ゴーストは?」
ミイスケは部屋を見回すが、とっさにいるはずのゴーストを発見出来なかった。
「上よ」
アリアーゼの言葉にハッとして、回転し、上から降って来たゴーストを返り討ちにしようとするミイスケ。だが、すでにそれは遅く、ゴーストの上からの手のひらの突きで、ミイスケたちは地に叩きつけられる。
「いっ」
「ミイスケ」
「大丈夫、まだ大丈夫」
痛みで意識を失いかけるも、アリアーゼの言葉で立ち上がるミイスケ。
「大した信頼関係だ、今のは完全に意識を奪ったと思ったのに」
「残念だけど二人ならお前にだって勝ってやる」
「それだけはない、お前達がどれだけ頑張ろうと、わたしとは力も経験も違いすぎる」
確かに勝てるというのは強がりでしかない。
初めて真正面からゴーストと戦い、ミイスケもアリアーゼも正直その強さに一番驚いていた。まるで勝てる気がしなかった。
「それにミイスケ、このまま戦いを続ければ、お前でも死ぬかもしれないぞ。アリアーゼ、お前は大事なパートナーを失う事になる。あなたたちと直接関係はない、こんな男のためにな」
相変わらず壁際で震えるカーデュスを指差し、ミイスケとアリアーゼそれぞれに告げるゴースト。
「言っただろ、世界は変えさせない。エシカは平和を人にくれた、それを裏切るなんておれは嫌だ。それにアリアーゼは、とても優しくて、とても、とても」
「ミイスケ」
「彼女といれるなら、おれはお前よりも強くなるんだ」
自然と、ミイスケは精一杯に叫んでいた。
「本当に大した信頼だ。ねえ、カーデュス」
再び臨戦態勢になるミイスケたちを気にも止めず、カーデュスに振り返るゴースト。
「この子たちに感謝する事ね」
そう告げて消え去るゴースト。
「おい、なんで今攻撃しなかった、絶好の機会だったろ」
さっきまでぶるぶる震えていたとは思えないほど、かなり偉そうなカーデュス。
どうやら彼は、ミイスケたちもヘヴのセキュリティだと思っているらしい。
「長居は無用みたいね」
「ああ」
そしてミイスケたちもヘヴを抜け出し、家へと帰って行った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!