夜空で輝く星々は昔と全然変わりない。でもその光を多くの人々が目指した時代に比べると、この星はずいぶん暗くなってしまった。
季節はなくなり、ただずっと寒い時が続く。
人類史に刻まれたどうしようもない悪夢。
どこの誰が始めたのか、何がきっかけだったのか、ほとんど何も知られていない。
もう永遠に誰も知れないのかもしれない。
確かな事は、第三の世界対戦は、最初から悲劇でしかなかった。
それは、幾多の国々を崩壊させ、文明を闇に包み、あらゆる命を奪い去った。ほんの数日。人が数千年かけて築き上げたほとんど全ては失われてしまった。
それでも人は生きている。
悲劇の結末、最後の核兵器による最後の崩壊から今や一世紀近く。
この星はまだ生きている。どころか、ある意味では、かつて以上に強く守られている。
ーー
「ミイスケ」
「うっ」
背中に背負った、正確にはくっついた青いマシンから発せられた声に、ふと目についたケーブルに触れる寸前だった手を、少年はさっと引っ込める。
少年は黒髪に、黒い瞳。
マシンの形は丸みを帯びた四角で、そうだとすると非常に短い足に、折り畳まれた翼のような物がついている。
「このケーブルは?」
「高電圧を感知、触れるのは得策ではないわ」
「まだ機能してるの?」
「あなたは知らないでしょうけど、面影はなくてもここはトーキョーよ。かつての世界で最も優れた機械文明を築いていた街」
しかし今や、そのトーキョーも黒ずみ、その空気はとてもいいとは言えない。暮らす人々も病んでいて、常にどこかで無法者が貴重な物資を奪い合っている。
だから真っ黒な建物から、真っ黒な廃墟だらけの街へと出た時。いきなり見知らぬ男に絡まれてしまったからといって、それはそんなに珍しい事ではない。
「あなたが欲しがるような物は多分ないですよ」
自分の首を掴み、ナイフを突き立てる、目の前の大きな男に全く臆する事なく、平然とミイスケは告げた。背中の相棒はいつの間にかいなくなっている。
「だが連れがいるだろう、どう考えても一人旅には見えないぞ」
まったく怖がっていないミイスケが不気味になってきたようである男。
「魔術師の噂、知ってる?」
唐突なミイスケのその問いかけに男は一歩後ずさる。
「魔術師」
ようやく世界に復興の兆しが見え始めた三十年ほど前から、世界各地で流れ始めた不思議な力を使う人間たちの噂。
「ゴースト?」
呟く男。
ゴーストは魔術師の中でも、現実に否定しようがない怪奇をおこしている事で、最も人々の恐怖の対象となっている人物である。
真っ黒な仮面で顔を隠し、真っ黒なローブとシルクハットに身を包み、世界中で次々と人を殺している。それはまるで実態がないかの如く、刃物も銃も何も効かず、蜃気楼のように現れては消えていくのだ。
今ではそれが大げさに脚色されたか、もしくは心理学上の問題で現れた、架空の怪物だと考えている者も多い。しかしそれなら誰も、最大の疑問に答える事が決して出来ない。
いったい何処の誰が、世界中に数百人以上いるといわれる、彼、あるいは彼女の手による犠牲者たちを殺したのか、という疑問だ。
「おれは追う側だよ、それに本当は」
「うっ」
ミイスケの言葉を最後まで聞く事なく、その場に倒れる男。その首には、針で刺されたような跡があった。
「さっ、早く戻ろうよアリアーゼ、ここで一人じゃまた絡まれる」
「ええ、まったく同意見ね」
周囲の光を屈折させる事で、視覚的に透明になれる技術《A光学迷彩》を解き、姿を表す、いつの間にか倒れた男のすぐ足元にいた相棒、アリアーゼ。
崩壊を招いた対戦が始まるより、さらに遡る事、四十年ほど前。月の植民地化を進めていたロボットたちが、密かに設計、開発した、生命体を最も意識した機械群、マキナ、あるいはマキナズ。
アリアーゼは優秀なマキナで、《A光学迷彩》を始め、様々な優れた機能を持っている。
ただ、男の意識を奪ったのは、周囲の気体分子を細く収縮させて、疑似的な針のように使う《大気針》という技術。これはたいていのマキナが共通して持つ、基本機能である。
「おまえたち」
「大丈夫?」
「ジュウク、スグリ」
確かにナイフ男が考えていた通り、ミイスケには連れがいた。
トーキョーに比べると、かつての建物などがほとんどそのままで、特に治安も悪くない街キョートに、事務所を構えて探偵業を営む、彼より二周り以上歳上、黒いベレー帽がトレードマークのジュウク。
そして、どうやら一歳だけ年上らしい、綺麗なベージュ色の髪が印象的な少女スグリ。
血の繋がりはない。でもそんなものなくたって、三人は家族だった。それは確かに、この終焉に向かっているような世界で、決して消えない真実。
「ねえジュウク、やっぱりここは恐ろしい所みたい、さっきナイフ突きつけられて脅されたよ」
嫌みったらしくミイスケは告げる。
「ああ、まったく悲惨だよ」とスグリの足元の、真っ黒なマキナ。
「ラキメル、あなたは楽しんでいるように見えるわ」
カラーリングこそ全然違うが、それ以外はよく似ている同族であるラキメルに、アリアーゼは呆れたような声だった。
「楽しいとは違うさ、楽しんでいる訳じゃない。ただ無法地帯には妙に憧れを感じるんだよ。なんというか、悪人たちの世界って感じでかっこいいじゃん」
生命体に限りなく近いとはいえ、あくまでも機械であるマキナ。しかしラキメルの物言いには、もはや機械らしさは全くない。
「わからないでもないよ、と言いたい所だけどさ。ごめん、やっぱり同調できないよ、妙な憧れってのもちょっとな」
「わたしも同意見かな、普通に」
ミイスケもスグリも、無法地帯、と聞いても、かっこいいというよりは、どうしても危険な、というイメージが強かった。
ところで、マキナは普通、人間と他愛もない会話を楽しんだりはしない。
ミイスケもスグリも特別だった、二人にはある特性があるのだ。
その特性は、それを知る者からは機巧魔術とか、機術と呼ばれるもので、原理はミイスケたちもよく知らない。ただ、頭で考えるだけで、マキナの体、つまりそのマシンとしての、本来なら何らかの代償を抱えているために、易々とは使えない機能を、何のリスクもなしに、好きなように使える、というものだ。
マキナはどういう訳だか、自身に備わっている、外部に影響を及ぼす機能を、自発的かつ、ノーリスクでは何も使えない。だからマキナは、自身を使える者をパートナーとして選び、機能による清掃や修理などの世話とも引き換えに、付き従ったりするのである。
アリアーゼにとってのパートナーがミイスケで、ラキメルにとってのパートナーがスグリだった。
マキナがパートナーとして選ぶ、ミイスケたちのような力を持っている者は、世間では、魔術師に対して機術師と呼ばれている。それは彼らが、マキナに備わった様々な技術を利用し、まるで魔術師のようにも振舞えるからである。
言うなれば、マキナとそのパートナーは、合わせて機械仕掛けの魔術師というわけだった。
「にしてもさ、まったくロマンがわからない奴らだね、しかもミイスケは男だというのに情けない」
実に機械らしくない熱意を持ってラキメルは続ける。
「かつては悪の美学、という素晴らしい感覚を全ての男性が、それぞれの心に持っていたものさ。それが今やどうだ。世間じゃクールぶった中途半端善人が大流行、数少ない悪党も、人様に迷惑をかけても知らん顔の、プライドの欠片も、人として最低限の品性すらない、口だけ小悪党ばかり。まったく世も末だぜ」
「あのさ、ぶっちゃけ意味わかんないよ」
素直な感想を告げるスグリに、思わず笑みをこぼすミイスケ。
アリアーゼも、それは演出なのか、実際思わずなのかは不明だが、くすくすと、堪えようとしたけど堪えきれないという感じの笑い声を出した。
3人と2機と、その頃には全員が揃っていた。
その日。
その日が家族の別れの日だった。
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