機械仕掛けの魔術師

The end of the illusion
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Ψ2・家族との別れ(プロローグ2)

公開日時: 2021年1月11日(月) 14:09
更新日時: 2021年1月29日(金) 04:46
文字数:4,322

「でもこの街のマシンは、けっこう興味深いわよ」

 そんなことを言いながら、かつては一般的だったらしい、手の平サイズで四角い形のデータ記録マシンを不慣れな手つきで操作するスグリ。


「マシンって例えば? そう呼べそうなものは全く何も見えないんだけど」

 真っ黒いガラクタや、漂う灰のような何かなら、たくさん見えるが、マシンらしき物はさっぱり見えないミイスケ。


「まったくこれだから。この街にはシノビンが溢れてるのよ。前時代における最も偉大な発明の一つよ」

「シノビン?」

 そんな名前に聞き覚えすらないミイスケ。

「簡単に説明すると、アリアーゼの《A光学迷彩》と違って、光子コントロールによる完全な透過ではなく、光子分散後退ぶんしぶんさんこうたいという技術を周期的に、定められたレベル内で繰り返し発生させるやり方で、極限まで可視のための光を透過させるの。そうして、完全に視覚的に消えるのではなく、あくまでも見えにくくしているだけの三つの手がそれぞれ、まるで空気に操られているかのような動きをするんだ。まさしく、興味深いユーモアも持った、生活水準底上げ用のストリートマシンなの」

「へ、へえ」


 スグリはかなり前時代の文明に精通していて、いつも楽しそうに、本人曰くわかりやすくミイスケに話してくれる。のだが、残念ながら興味も何もないミイスケにはまったくわからない。


「要は、人の生活をひっそりと助けてくれる、基本的には目に見えにくいマシンの事よ」

「あ、ありがとう」


 これまたいつも通り、気持ちを察し、補足してくれたパートナーにとりあえず礼を言うミイスケ。スグリのわかりにくい説明と打って変わって、アリア―ゼのそれは非常に簡潔で、ミイスケにもよく理解できた。


「それで、とにかく、それがこの汚い街に溢れてるって訳なの?」

「ずばりそういう事よ」

「で、おまえら、お喋りはそこまでだ、着いたぞ」


 ある建物の前で止まった、ジュウクの言葉で黙り、そして彼にならって、その場に立ち止まるミイスケたち。正確には、実質止まったのはミイスケとスグリだけとも言える。アリアーゼとラキメルは、さっきからそれぞれミイスケとスグリの足に、アクセサリーのようにピタリとくっ付いていて、ローラーを地面に出して引っ張られていた訳だから。


 目的地であった建物は、周りの建物と同じく真っ黒だが、大きさは少し大きめだった。


「生体反応確認、建物の中に一人だけいるわ」

 アリアーゼの言葉に、さらに緊張感を増す一行。


 マキナは近くの生体反応を、音や熱の流れなどから、かなり正確に察知する事が出来るのである。


「それがゴーストなら、さすがにわたしも、父さんはやっぱり魔術師なのかって疑っちゃうかも」とスグリ。


 もしそうなら、これまで誰一人突き止められなかったというゴーストのアジトの一つを、彼が突き止めたのは本当だったという事だ。


「それは賛同せざるを得ない」

 ミイスケもスグリと同意見だった。


 ちなみにマキナであるアリアーゼとラキメルは、すでに、かなり前からその説を提唱し続けている。


「まあ今は疑いよりも警戒だ、ゴーストの能力が生半可な物じゃないなら、逃亡してこの件から手を引くのもアリだ」

 ジュウクの再びの一言で、緩みかけた雰囲気をまた引き締めるミイスケたち。


「まずはおれが先に一人で行く」

「待って」

「考えがあるんだ。もし銃声が聞こえるか、五分経っておれからの連絡が何もなかったら、おまえたちも来い。ただもし奴がこの建物から出てきたら、その時は各自の判断で動け、逃げるも戦うも、自分たちで判断しろ」

 アリアーゼが一番早く反応する事も、止めてくるのもわかっていたようで、すぐさまそこまで言い切り、ミイスケたちを半ば強引に納得させたジュウク。


 そしてなんだかんだ、いつも何をするにも、常に最善の策を打ってきた彼を、自分たち以上にミイスケたちは信頼していた。

そういう訳で、まずはジュウクが一人だけで、建物の中へと歩を進めていったのだった。


ーー

 

「動くな」

 建物に入り、二階に登り、無造作にドアの開かれた一室にいた、黒いシルクハットに黒いローブの、噂そのままの人物に、愛用している古い型のピストルを向けるジュウク。


「お前は誰だ?」

 振り向くが、その顔も黒い包帯のぐるぐる巻きで隠しているため、どのような人物なのかはやはりわからないゴースト。

 その声は老人のように低いしわがれ声だった。


「探偵だよ、あんたを三年ほど前から追ってた」

 銃は向けたままで、一歩ずつゆっくりと、ゴーストに近づいて行くジュウク。


「ここまで、おれにしては随分時間をかけちまったよ、一つの事件に三年なんて、末代まで残る大恥だ」

「いや、三年でここまでたどり着いたのなら、大したものだ。存分に誇れるだろう」

 関心しているような言い方をするゴーストであるが、実際にどうなのかは謎。


「あんたに聞きたい事が」

「いや、やはりお前は危険だな、ジュウク」

 実に唐突に、しわがれ声ではなく、高い女性のような声を出すゴースト。


「おい」

「あの子がお前の元に辿り着いたのは。不思議なものだ、運命とは」

 ジュウクが驚く暇もなくゴーストは早口で続けた。

「いつも一番ありそうでない事もどこかで起こるもの。それともジュウク、そういう事もお前の才なのかな?」

「なぜおれの名前を?」

「わたしにも、あの子にもわかりようがないだろうけれど」

「あの子?」

「お前には感謝している」

 そして丁寧に頭を下げるゴースト。

「何を言ってる?」

「そんなお前にわたしはこれだけ言えるだけ。すまない」


 そしてそれが、ジュウクが、生涯で最後に聞いた言葉となった。


ーー


「ミイスケ」

 アリアーゼの言葉とほぼ同時に、噂通り蜃気楼のように、建物の外で待っていたミイスケたちの前に現れるゴースト。

「おまえ」


 ミイスケが口走った瞬間だった。

 ゴーストは、まるで物がバラバラに砕けるように、無数の弾丸となり、それらは全てミイスケたちに向かって高速で放たれた。


「大丈夫?」

「ああ」

「ええ」

 ラキメルの問いに素早く頷くミイスケとスグリ。


 弾丸は全て、アリアーゼとラキメルのそれぞれが、自分のパートナーの意志に従い、発生させた《磁気壁ジキヘキ》にぶつかり、その動きを止めた瞬間に消え去った。


 《磁気壁》は名前の通り、強力な磁場による壁を発生させ、鉛などの動きを止めたりする技術。マシンなどを相手に使用した時は、その機能をショートさせて停止させる攻撃に転じさせる事も出来る機能。


「今のは弾丸になったんじゃないわ、自分が消えたタイミングで仕掛けを作動させた、ただのトリック攻撃よ」

「あいつは噂以上の事は、まだ特にしてないよ」

 突然の事に対する、ミイスケとスグリの混乱を吹き飛ばしてくれる、基本はマシンであるアリアーゼとラキメルの冷静な推測。

 ゴーストは、つまりまだ噂にあるように、瞬時に消えただけで、それ以上の能力は見せていない。


「ミ……」

 アリアーゼの警告など届く間もなく、ミイスケの後ろに現れ、彼の首にスタンガンのような何かを当てるゴースト。


「この」

 それから意識を失い、倒れるミイスケを抱き留めながら、スグリたちが何かする暇もなく、素早くローブの内から出した手から発生させた衝撃波で、ラキメルとアリアーゼを、数十メートル吹き飛ばすゴースト。


「くっ、うっ」

 反撃に転じようと、吹き飛ばされたラキメルの元へと駆けだそうとするスグリの正面に回り込み、アリアーゼやラキメルとは反対方向に、スグリを吹き飛ばしたゴースト。


 そして、アリアーゼとラキメルは、もはや自分たちがいようがいまいが、スグリのこの場の運命はどうせ変わらない、と判断したのだろう。自分たちだけでも助かるため、一時的な故障と引き換えに、マキナ最大の防御機能である《虚空壁コクウヘキ》を自力で発生させる。


 それは、量子が走る経路そのものを歪曲させる事で、自らをあらゆる物理効果から遮断するという、絶対的な防衛機能。それを使うと機術師の操作からも遮断されるので、機械魔術としてはあまり役に立たないが、マキナが自身を守る手段としては間違いなく最高のものである。


「おまえはどうする? もう一人だ」

 ミイスケをその場に横にし、震えながらなんとか立ち上がるスグリに、平然と、しわがれ声で尋ねるゴースト。


「一人でも、一人でも」

 言いながら、ゆっくりと後ずさり、そしてとある位置で、はっと何かに気づき、スグリは足を止めた。


「あなた、わたしも殺すつもりなんでしょう」

「確かにアジトを突き止めた、わたしにとって、かなりの危険分子の仲間だからな」

「危険分子なんて、そんな旧時代の言い方使うなんて、ほんとにあなた亡霊って事なの? 大昔の亡霊?」

「さあ、だとしたらどうする?」

スグリが止まった事によって、どんどん距離を詰めるゴースト。

「おまえも」


 その時点でスグリは、一か八かだろう、どのくらい深いのかもわからない、割れていた地面の隙間に飛び降りていった。


ーー


 気づくと、知らないどこかの室内のベッドにミイスケは寝かされていた。


「目は覚めたな」

目覚めた時、隣の椅子に腰掛けていたゴーストの声で、混乱していた頭が一気に、ここまでの覚えている限りの事を思い出させた。


「おまえ」


 動けなかった。ただナイフを首に突き立てられ、ミイスケは恐れるでも、怒るでもなく、ただ止まった。

 意味がわからなかったのだ。

 自分はベッドに寝かされていて、部屋を見渡せば隅に、単体で外部機能を使った時に起こる、一時的な故障こそしているラキメルとアリアーゼがいる。しかし、攻撃による被害はまったく見られない。


「何、考えてる?」

 まるで今の状況は、自分が生かされたようにしか、ミイスケには思えなかった。ゴーストに自分を殺すつもりがないとしか思えなかった。


「多分これが最後ではない」

 しわがれ声ではなく、女声でそう言って、部屋から出ようとするゴースト。

「待って」

「お前の家族なら、おそらく二人共死んだ」

 その場の会話はそこまでだった。


 ミイスケは今度こそ、ゴーストに対するはっきりとした怒りを感じ、しかしなぜかその感情は間違っているような気もしていた。だからこそ、それ以上ゴーストを止める事が出来なかった。


ーー

 

 どうやらかれこれ二日間、ミイスケが寝かされていたのは、ゴーストのアジトの隣の空き家。そこを出た彼が、暮らしていた家でもあるジュウクの事務所に帰ったのは、故障したアリアーゼとラキメルの自動修復が完全に終了した一週間後だった。


 ミイスケは、ジュウクの探偵家業は継がずに、機術師としての力を存分に活かして、ならず者たちを相手とした自警団を始める事にした。

 そして二人の家族を失ってから四年ほどが経ったある時。

 止まっていた彼の運命の歯車は、ある少年との出会いによって再び動き始める事となる。

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