「ここから先は罪になるわね」
最上階に大統領、カーデュスがいるはずの、ニューヨークの巨大施設ヘヴにやって来たミイスケとアリアーゼ。
「まあ関係ないけど」
アリアーゼの言葉にミイスケも笑顔で頷き、ヘヴの敷地内へと堂々と入って行く二人。
ミイスケ達は正直あまりここに来たくはなかった。
マキナを狙うノエルや、その仲間がいる可能性もあるし、自分達が管理内エリアにおける罪人になる可能性もある。
「まあ、今だけは、他には何も考えず大統領を守る事に専念しよう」
そしてセキュリティをごまかすため、アリアーゼの《隠密》を使うミイスケ。
隠密は、発動させた者の周りが、だいたいの機械を通した探知を無効化する機能。
そうして堂々としたまま、ヘヴを上って行くミイスケ達。
まだまだ未知の能力を使うゴーストから、大統領を守るには、彼のすぐ近くで待ち構えるのがいい。という考えである。
ーー
「何の用かは知らないけど、そっちから来るとはありがたいね」
もう人もほとんどいなくなってきた三十階の階段を上りきった所に、待っていたようである、見知った顔と声に、ひとまずは立ち止まるミイスケ。
右足についていたはずのアリアーゼは、いつの間にか右手についている。
「ノエル、今はあなたの相手をしてる時間も惜しい、黙って見逃してくれ」
まったく彼を相手にする気がないミイスケ。
「確かにわざわざ危険を冒してこんな所に来るんだから、それなりに大事な用があるんだろうね」
意外にも納得したようであるノエル。しかしそれと見逃してくれるかは別問題だった。
「だがそれがどうした」
ノエルの言葉と共に、近くの窓や花瓶が割れ、まるで吸い寄せられるように、それらの破片がミイスケを襲った。
「なっ」
全ての破片は、実はすでにノエルの後ろに周り込んでいたミイスケが、近くに立体映像を投影させる技術、《幻想》で発生させた、偽物を無意味に攻撃しただけであった。
「ちっ」
「アリアーゼ」
すぐに現在の状態に気づいたノエルが振り向く前に、彼に前回ラキメルがそうしたように電界によるショック攻撃を浴びせるミイスケ達。
「残念だったね」
少しダメージを受けただけで、意識を失いはしなかったノエルは今度こそ振り向き、また前回と同じように衝撃波をミイスケに放ってくる。
「あなたがよ」
叫ぶアリアーゼ。
ミイスケはノエルの衝撃に対する、アリアーゼの考えた対策、《大気壁》を自分のすぐ後ろに発生させるという防御法で、衝撃をかなり弱める。
その成功は、つまりアリアーゼのノエル、というより魔術師の衝撃は、原理は不明だが、ただ対象者の体を勝手に動かす物で、それはある程度強い圧力を押しのけるほどの力は別に与えない。という仮説の正しさを示していた。
ノエルの衝撃波は、ダメージ自体は、対象者をどこかにぶつけたりする事で与えるのが基本な技なのである。
「そっちの耐久力も見てやる」
そして少しよろめきながら、自分達が繰り出せる全ての攻撃を、使用までに時間がかかる、最も強力な《粒子砲》を除いて、順番に連続で繰り出すミイスケ。
大気壁を攻撃に応用した、物理的な原理による衝撃波攻撃、《大気砲》。《偽弾》という機能により、周囲の分子から作った即席の弾丸の高速連射。レーザービームである《光砲》。火炎放射である《火炎砲》。
「ふう」
全ての攻撃を終えた後、期待を裏切らず、しっかりと倒れてくれたノエルに、ミイスケは一息ついた。
「まだ生きているわ」
「それはよかった」
アリアーゼは少し不満そうだったが、ミイスケは、敵であっても殺しは好まなかった。いつもなら、もっと相手を気遣いながら慎重に戦う所なのだが、今回は相手が相手であり、しかも重要な用を抱えているため、仕方がなかったわけだ。
「これのおかげかな」
気絶したノエルの服をめくり、その下の防弾チョッキのような何かを指差すミイスケ。
「そうみたいね。解析してみたけど、それは特殊加工された鉄に、強力で限定的な疑似重力発生機がついているわ。つまりあらゆる攻撃がそれに吸い取られるという訳、いい防御だわ。でも熱をためやすいのが弱点ね、熱ならさっきみたいに意識を奪えるはずよ」
「何も食らわないより大分マシだな」
「でもおそらく用意出来る最大限の対策よ、マキナの」
意味深な言い方のアリアーゼにミイスケは正直少し恐ろしくなった。
「ノエルの仲間に機術師がいるかもって事?」
そうなると厄介かも知れない。マキナは攻撃より防御に優れていて、おそらくそれの機能を最大限に発揮して戦うだろう機術師同士の戦いは、結果はどうあれ、おそらくかなり長引く事になるはずである。
「急ごう」
ミイスケが言った瞬間だった。何者かから、ミイスケへの新たな攻撃を感知し、すぐに《声》で警告を知らせるアリアーゼ。
小範囲だが凄まじい威力の爆発。とっさに大気壁で身を守りながら、吹き飛ばされるままに、壊れた壁から外へと出るミイスケ達。
「死んじゃった? 逃げちゃった? 出来れば反撃を伺ってくれてると、退屈しのぎが出来て楽しいわ」
煙が晴れた爆発地点に、誰もいないのを確認する、それを起こした張本人だろう金髪の女性。
「めちゃくちゃだ、遠慮なくぶっ壊しやがって、あいつら政府の人間じゃないのかな」
外壁にくっ付いたアリアーゼに、念のため足をくっつけながら、彼女に乗っかるミイスケ。その体は、遠慮なく震えていた。
「少なくともエシカとは関わりないわね、それとも立場への執着心がないか、というかそもそもノエルの仲間なのかしら?」
ヘヴはそれ自体がエシカの私有物のような物で、例えもし政府の人間の仕業でも、破壊は大きな厳罰対象のはずなのである。
「隠れてるつもりですか? 笑えますよ、機術師様ともあろう者が」
壊れた壁からミイスケ達を覗き見てきて、確認するや否や、何かを投げる素振りをする女性。
「どうなってる?」
再び起こった爆発に、今度は女性よりも二か三くらい下の階に逃げ込むミイスケ達。
「熱反応だけは確認出来たわ、どうやら敵は見えない爆弾使いね」
「どうすればいいと思う?」
「そうね、あの厄介なチョッキも確認出来たし、ノエルと同じで、回り込んで火炎砲が有効じゃないかしら」
そこでまた終わる会話、爆発で上の階の廊下を壊して、女性が飛び降りて来たのである。
そして再び投げられた見えない爆弾。
ミイスケは、アリアーゼの《風足》による高速移動で、素早く爆発をかわし、女性の後ろへと回り込む。
しかし火炎砲は、寸前でアリアーゼに《声》で止められ、結局再び外へと逃げ、上の階へと戻るミイスケ達。
「なんで駄目なの?」
すぐにぎりぎりで止めてきた、理由をアリアーゼに尋ねるミイスケ。
「彼女、ほんっとうにイカレてるわ、体を改造して自分を爆弾にしてるの」
「自分を爆弾って、そんなバカな」
その行動以上に、その技術も信じられなかった。
熱反応以外探知出来ない爆弾、大規模な破壊を小範囲に押し込んだような威力、おまけに人を爆弾に改造。
そもそも爆弾を武器に使う時点でミイスケには意味がわからない。いろいろな意味であまりに危険すぎる。
「わたしだって訳わかんないわ、でも事実、おそらく彼女に炎なんて浴びせたら、あの見えない爆弾と同等か、それ以上の爆発が起きるって事よ」
マキナの攻撃の技術と防御系の技術は基本的に併用出来ない。攻撃系統の技術は全て機術師とマキナが密着していなければ使えず、シールドは術師の周りに発生させるのが基本の使い方なので、自身の攻撃が自身のシールドに阻まれてしまうためである。
つまりわずかの間とはいえ、攻撃時の機術師は完全に無防備なのである。
「シールドの再発生は間に合わないわ」
言われるまでもなくその事は、それを発動させる事の出来るミイスケ自身が一番よく分かっている。攻撃した瞬間に近距離で爆発されたらどうしようもない。
「ただ爆弾は手投げだったわよね」
「それにノエルよりずっとひ弱そうだった」
もうその会話だけでミイスケとアリアーゼはとっさに立てたそれぞれの策が同じだと気づいた。
「でも出来るの?」
「やるしかないわ、他に手もないし」
確かに他に作戦など思いつかなかった。
「かくれんぼはあんまり好きじゃないんだけど、鬼ごっこは大好きなんだけねえ」
そこで自らが開けた穴から、ワイヤーで上がって来た女性。
そして次に彼女が爆弾を投げる時、ミイスケはアリアーゼを女性の方へと投げて、自分には闇壁と大気壁と磁気壁を張った。
途端にミイスケまで届く事なく勝手に爆発する見えない爆弾。
それから、もはや何がどうなっているのか、火と煙でまったくわからないほどの、しかし小範囲での凄まじい爆発で、壁や地面どころか、ヘヴのミイスケ達のいた地点は跡形もなく壊れさった。
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