「アービー、出てきていいよ」
ミイスケが言うと、すぐにアービーは押し入れから出てきた。
「ミイスケ」
心配そうな声を出すアリアーゼ。
「うん、とりあえず一旦家に帰ろう。アービー、背中に捕まって」
「は、はい」
大人しく従うアービー。
正直ミイスケとしては話が早くて、凄く助かった。
「ラキメル、お前もおれの足についてろ、一人じゃ全速の《風足》にはついて来れないだろ」
「ああ、正解」
言われた通りにミイスケの足にくっ付くラキメル。
《風足》は、一定密度以上の大気の中で、空中浮遊や高速移動を可能にする技術で、それによる機術師の最高時速は音速を越えるとも云われている。
ミイスケたちも測った事がないので、正確にはわからないのだが。ただ少なくとも、かかる圧力を防ぐために、《反転空》を併用しなければ、体に負担がありすぎて、意識を失ってしまうほどには速く移動出来る。
「アリアーゼ」
「ええ、飛ばすわよ、見られるとまずいかもしれないから、《A光学迷彩》も忘れずにね」
「わかってる」
そして《A光学迷彩》により自身たちを隠しつつ、《風足》を使い、港へと急ぐミイスケ。
ーー
まさしくあっという間に港に着いたミイスケたちは、海からキョート行きの連絡船に飛び移った。
「で、なぜラキメルがここにいる訳なの?」
連絡船のデッキ、落ち着いた所でラキメルに尋ねるミイスケ。
「留守番は、文字通り番人でもあるって知ってるよな?」
家にはジュウクが残してくれた財産の金庫もある。セキュリティも何もないキョートでは、盗まれる可能性も大いにある。だから、これまで一度も全員で外出した事はなかった。
「あはっ、まあ気になってさ、ほらよく言うだろ、虫の知らせってやつ、君たちの危機を感じてさ」
「まったく、悪運がいいんだから」
しかしミイスケもアリアーゼも、実際助けてもらった手前、留守をほっぽりだして、勝手に付いて来ていたラキメルに対して、強くは文句を言えなかった。
「でもさっきのノエルって奴、何者だろう?」
ラキメルが言った。
「あの力はおそらく魔術師よね」とアリアーゼ。
不思議な力を使う魔術師という存在。
ゴーストを除けば、ミイスケたちにとって初めての遭遇であった。
「ゴーストは確か武器も使ってたけど、ノエルは素手だったな」
ミイスケははっきり覚えていた。
自分が意識を奪われた時、ゴーストはスタンガンのようなものを自分に当てていた。
「あなたの首にあいつが当てたスタンガンならただのパチモノだったわよ」
アリアーゼにはあっさりわかっていた事。
「あれ、演出?」
そうとしか思えないミイスケ。
「そういう事かもね」とラキメル。
「とりあえず、魔術に道具は必要ないのよ、おそらく」
アリアーゼの結論。
「ミイスケたちはゴーストと?」
ぼそぼそと話に参加するアービー。
「ああ、ジュウクを殺したのもあいつなんだ」
別に隠すことでもないので、ミイスケはあっさり言う。
「あのノエルってやつはゴーストと何か関係あるかな?」
ラキメルの疑問。
「おそらく関係ないわ。彼の狙いはおそらくマキナだった。ゴーストとは結びつかないと思う」
アリアーゼの考えにミイスケも賛同だった。
確かにノエルはゴーストと繋がる人物としては、少し物足りないような気さえした。
「ノエルはラキメルの事はわかってなかった辺り、やっぱりセキュリティの審査でおれたちに気づいたのかな」
いろいろ考えてみたが、ミイスケにはやはりそうとしか思えなかった。
「まず間違いないね、もうこれからはセキュリティとは、なるべく関わるべきじゃないかも、そもそも管理外エリアの住人ってだけで、なんか印象悪いような感じがあるしね。ほんと差別って悲しいよ、人はまだ過ちから学べないようで」
いつもながら、今はあまり関係のない差別に触れるなど、妙に人間くさいラキメル
「でもこれは手掛かりよ」
アリアーゼは、ミイスケとラキメルがわかっていないようである事を、しばらく黙って待つ事で確かめてから、次の言葉を放った。
「審査で気づいた時、周りに人なんていなかったわ。という事は彼はセキュリティから情報を引き出したのよ、そんな事が出来るという事は」
「ノエルは政府の人間」
政府、またはエシカ管理局。
つまりはエシカに協力を要請されたらしい人間たちの事で、エシカが対応出来ないトラブルや、事象をうまく解決するのが主な役割の者たち。
「エシカがマキナを狙うのはちょっとないと思う。そんな事しなくても、エシカがその気になれば大半のマキナが集まるし。それに加えてエシカは、マキナの場所、多分全て把握してるし」
エシカを、まるで神か何かのように妄信しているマキナは妙に多いという。
「ラキメルの言う通りよ。多分彼、もしくは彼らの独断によるものでしょうね」
ゴーストの存在。それに加えてマキナを狙っている、おそらく政府の一部の人間たち。
「おれたちが知らないだけで、この世界が回るのは予想以上に早いのかもな」
ミイスケはそう呟いた。
ーー
ミイスケと接触時。
ラキメルによって気絶させられてから、約二時間後に目覚めたノエル。
彼はすぐに、船ではなく、基本的に政府の人間のみが使う飛行船で、ホンコンを出て、遠くニューヨークという都市にそびえ立つ巨大な施設ヘヴへと向かった。
一つの街ほどもの大きさがあり、その高さは雲にも届くほどである、政府の者たちのネットワークの中心である施設。
そしてその到着は、船に乗ったミイスケたちがキョートに着くよりも早かった。
「珍しい奴が来たもんだな」
ノエルが、ヘヴの端の方、丸いテーブルが中心にある、少し古くさい感じの部屋に入ると、そこにいた長身に短髪の男がすぐに声をかけてきた。
部屋には他に金髪女性。それに、隅の椅子で目こそ開けているが、まるで寝ているかのように微動だにせず座っている、ベージュ色の髪の少女がいる。
「ホンコンに来ていた機術師と会った」
ノエルの言葉に、長身男と金髪女性はかなり驚いたようだったが、座った少女は、相変わらず興味もなさそうにじっとしていた。
「それでどうなったんだ?」
すぐに尋ねる長身男。
「逃がした」
その答もまた、その場の者たちにとってはかなり意外なものだった。
「なぜ?」
今度は金髪女性が聞いた。
「わざと逃がしたんじゃない」
それはつまりノエルは敵にしてやられたという事。
「へえ、それは不様な事」
少し考えるような仕草の後、急にバカにするような態度をとる金髪女性。
「どんな奴だったんだ?」
再び長身男の質問。
「マキナを二機連れていた」
「他には?」
いつの間にか立ち上がっていて、唐突に話に割り込んできたベージュの少女に、一瞬ぽかんとする残りの三人。
「他にその機術師の特徴は?」
まったく周りの様子など、気にかけてはいないようである少女。
「そうだね、かなり若かった、おそらくまだ十代だよ。マキナは、一機は青い奴で、おそらく女。もう一機は、はっきり確認出来なかったけど黒っぽかった」
ノエルの説明を聞きながら、少女は昔の頃、もう四年以上も前の事を思い出す。
まるで弟のように想っていた少年。親友のように想っていた二機のマキナ。父のように慕っていた男。
そしてただ大事な物をたくさん奪っていった存在、ゴースト
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