「ところで、君はエシカの連絡船に忍び込んでこの大陸に来たのか?」
「はい、そうです」
ミイスケの質問にすぐさまアービーは頷いた。
連絡船とは、単独のマキナなどが移動に使うためにあるらしい、定期的に特定の管理エリアと管理外エリアとを往復している、無人船。
「その方法はセキュリティの問題上、管理外エリアに一度出たらもう使えない。ホンコンには正規のルートで行く。とにかく向こうに着いたら、現場におれを案内してくれ」
アービーはまた無言で頷いた。
「ラキ」
「あっ」
「ラキ?」
ミイスケの呼びかけで、張り付いていた天井から、いつも通りにうまく着地する。はずが、まるでつまづいて落ちて来たように、着地失敗するラキメル。
「何かちょっとさ、調子が悪いみたい」
そんな事初めてなのに、あまり深刻でもなさそうなラキメル。
「マキナ」
「知ってるんだな」
「ただの噂だと思ってました」
「それはそうか」
アービーの反応は、まあ当然だろうとミイスケは思う。
「じゃあミイスケさんは、機術師?」
「そうゆう事になる、一気に心強くなったろう」
そしてニヤリとするミイスケに、またアービーはぶんぶんと首を縦に振った。
「でもラキ、お前、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ」
ラキメルに優無も言わせず、同じように天井から、ただし綺麗に落ちて来て、しっかり着地もするアリアーゼ。
「ラキメル、原因はわからないけど、あなたは今ちょっとおかしいわ、自分が一番よくわかっているでしょう」
「そうだけど」
アリアーゼの言葉に対して、珍しく軽口も反論もなしに、大人しくするラキメルに、ミイスケも、本当に彼は調子が悪いのだと実感する。
「もしもこれが本当にゴーストの事件なら、今のあなたは足手まといにすらなりえるわ」
「わかったよ、今回はぼくが留守番してる、でも本当に気をつけてよ」
しかし実はわかってなどいなかった。
ラキメルは密かにミイスケの服に発信器をつけていた。
もちろんミイスケたちを追跡するためである。
そんな事はつゆ知らず、アービーが自分たちの家のドアをノックしてから数時間後には、ミイスケとアリアーゼは、彼を連れて、キョートの港を訪れた。
ーー
キョートの港から、ミイスケたちが乗った移動船が出発してから六時間ほど、アービーは用意された部屋で寝ていている。
そしてミイスケはアリアーゼと一緒に船のデッキに出て、静かに海を眺めていた。
移動船とは、連絡船と違い、人の運搬を目的としていて、搭乗者は基本的に料金代わりとして燃料を足さなければ、乗れないようになっている船。
「ミイスケ、何考えてる?」
「アリアーゼと二人きりなのは久しぶりだなって」
普通、機術師も魔術師も、そのどちらでもない人も、マキナの事は一機二機と数えるが、ミイスケは彼らを一人二人と数える。これは機術師の中でも、なかなか変わっている事。
「嘘ね、ゴーストの事でしょ、それとジュウクとスグリ」
「ほんと敵わないな、アリアーゼには」
本当に敵わないと、素直にそう思う。
昔から、それこそミイスケが覚えている限りの中での、一番古い時期から、すでにそうだった。アリアーゼはいつも、ミイスケの喜びも悲しみも、迷いも不安も、心の中にしまい込んでいるはずの全てを的確に突いてくる。
「ゴーストに対して、本当に全然まったく憎しみはないの?」
アリアーゼのその問いに、ミイスケはすぐには答えられなかった。
ゴースト。
自分の父や姉のような存在を、家族を奪った張本人。
そして自分を殺しはしなかった連続殺人鬼。
「少し、だけだと思う」
考えた末の結論。
確かに憎しみが無いわけでは決してない。
そうゆう事ではない。
「そっかそっか」
後はそれだけで、アリアーゼがそれ以上、何も聞いてこない事が、ミイスケは嬉しかった。アリアーゼの優しさを強く感じた。
ーー
それから移動船がホンコンの港に着くと、ミイスケたちは管理エリアへ入るための、セキュリティの審査を済ませて、船を後にした。
管理外エリアである、トーキョーやキョートとは違い、黒い建物などもなく、とても綺麗で、戦争の面影などまるで感じられないような、綺麗な街。
「この部屋の、この椅子に死んだお爺ちゃんを寝かせてた、僕がここに来た時で、あいつ、ゴーストはすぐに消えて行ったんです。お爺ちゃんは胸と頭に、銃で撃たれた跡が残っていました」
現場である一軒家に着くと、アービーはすぐに、ミイスケたちに事のあらましを話してくれた。
そして話を全て真に受けるなら、少なくとも犯行にゴーストが絡んでいる事だけは、もう疑いようがなさそうだった。
「でもどう捜査しようか?」
いざ現場に来ると、ある意味予想通りだったのだが、特に手掛かりらしき物もなく、早くも途方にくれるミイスケ。
だが、すぐにそれどころでもなくなった。
「ミイスケ、誰か来たわ」
「アービー、隠れて」
突然のミイスケたちの変わり身の速さに、危機を察したのか、言われてすぐ、押し入れに隠れたアービー。
同時にアリアーゼも天井に飛び、張り付く。
「誰だ?」
家のドアを開けた、茶髪に白衣の男に、ミイスケはすぐさま問いかける。
「ぼくはノエルだ、機術師くん」
一瞬ドキリとするミイスケ。
同時に、もう隠れる必要もないだろうので、天井から落ちてくるアリアーゼ。
「おれの事を知ってるの?」
とにかくそれを尋ねるミイスケ。
「いや、ぼくは君と初対面だし、君の名前も知らないよ。まあ教えてくれると、呼ぶ時とか助かるね」
「俺はミイスケ」
おどけた感じのノエルに、警戒心はまったく緩めずに、名前は名乗っておく。
「そうか、よろしくミイスケ」
「うっ」
唐突に放たれた原因不明の衝撃波で飛ばされ、壁にぶつけられるミイスケ。
「ミイスケ」
普段の彼女からは考えられないような、大声で叫ぶアリアーゼ。
ミイスケは何もしていなかった訳ではない。ノエルがどんな攻撃をしてきても対応出来るよう、すでにアリアーゼが発生させられる五つのシールドの内、四つを同時使用していた。その上で吹き飛ばされたのだ。
光子などのエネルギー粒子を吸収し、無力化する《闇壁》。
単純に向かって来る力を反対の圧力で止める《大気壁》。
金属などの物質を停止させる《磁気壁》。
そしてあらゆる慣性系そのものを強引に反転させてしまう事で、まさに攻撃を反射させてしまう《反転空》の四つ。
そのどれもを突破出来る攻撃など、ミイスケもアリアーゼも知らない。
「無駄な攻撃は辞めた方が利口だよ。君たち、機術師の弱点は、そのどんな攻撃も必ずマキナから放たれる事さ。注意を払っておけば、かわす事は容易だよ。つまりそれはぼくを怒らせるだけって事だ」
「目的は、何だ?」
背中の痛みをこらえながら、いつの間にかノエルのすぐ後ろに迫っていた、ラキメルの攻撃の照準を合わせるミイスケ。
「君のその、アリアーゼとかいうマキナをもらおうか」
「アリアーゼを?」
それほど意外でもなかった。確かに狙われる理由としては一番ありそうである。マキナは機術師でなくとも、興味関心を引く対象として、もしかしたら武器としてもこの上ない。
「残念ながら、あなたなんかについて行くくらいなら、自己破壊を選ぶわ」
「それが出来ない事は知ってる。そして君たちの選択肢は、戦うか戦わないかでも、拒否するか従うかでもない、従うか無理やり連れて行かれるかだ」
そして特に警戒する様子もなくアリアーゼに手を伸ばすノエル。
「お前は選択肢がないけどな」
「ぐっ」
さすがに不意をつかれたのか、後ろからの突然のラキメルの《電界》によるショック攻撃に、あっさり意識を奪われ、その場に倒れたノエル。
「やられる以外ね」
してやったりという感じで、気絶したノエルの隣にて、嬉しそうに軽く飛び跳ねるラキメル。
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