(ええっと、こっちの方角だって言っていたよな……)
俺は少女から受け取った情報を頭に思い描きながら、スラム街を歩いていた。
早いところダダダ団のアジトを見つけないと、エレナたち『三日月の舞』がピンチに陥っているかもしれない。
彼女たちは美人揃いだ。
勝ち気な火魔法使いエレナ。
ゆるふわ系の雷魔法使いルリイ。
ボーイッシュな土魔法使いテナ。
それぞれ、いつかはワンチャンを狙いたいと思っている相手である。
ダダダ団ごときに手を出されるわけにはいかない。
(お? あそこか?)
しばらく歩いていると、大きな建物が見えてきた。
いかにも悪の組織が根城にしていそうな外観だ。
それに、入口前にいる見張りの男たちが、明らかに悪人ヅラをしている。
(うわぁ……。いかつい野郎だな)
思わずそんなことを考えてしまう。
こんなのに絡まれたら、面倒なことになりそうだ。
しかし、今は一刻を争う状況。
悠長に構えてはいられない。
「闇に呑まれよ(こんばんは)」
「――お?」
「お?」
挨拶をしながら建物の中に入る。
こういうのは自然体が一番だ。
ダークガーデン流の挨拶によって少しばかり混乱したところで、すんなりと侵入する作戦である。
無事に成功したかと思えたのだが――
「ちょっと待てやゴラァ!」
「なんだおめぇ? 見ねぇ顔だな?」
「ここがどこなのか分かって入ってきたのか?」
見張りの男たちが俺を呼び止める。
すかさず前に回り込み、立ちはだかったのだ。
「へへっ……。おい兄ちゃん。ここはザコが来る場所じゃねぇんだよ」
「悪いことは言わねぇから帰んな」
「……」
どうしたものか。
まさか、いきなり止められるとは思ってなかったな。
俺の完璧な作戦が失敗するとは……。
「くくく……。今宵は月が綺麗だ」
「ああ? ……確かに今日はよく見えるな」
俺の言葉を受けて空を眺める見張りの男。
その隙を見て、横をすり抜けようとしたところで――
ガシッ!
「バカが! そんな手に引っかかるかよ!!」
「……」
腕を掴まれる俺。
そして、そのまま連中に囲まれてしまう。
「へへっ。手間かけさせやがって」
「大人しくしな」
「痛い目にあいたくなきゃ、抵抗しない方がいいぞ」
「ふむ……」
これは困ったことになったな。
やはり、平和的な方法で乗り込もうとしたのが間違いだったか。
仕方ない。
実力行使だ。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗き込んでいる」
「あん?」
「何言ってやがる?」
俺の言葉を受け、男たちが首を傾げる。
やれやれ……。
このレベルの話は、コイツらには理解できないか。
「構わねぇ! やれっ!!」
「おうっ!!」
俺の高尚な話を理解できなかったチンピラどもは、実力行使に出てきた。
コイツらの血の気の多さには困ったものだ。
「――【闇縫い】」
「なにっ!? 体が動かねぇっ?」
「ど、どういうことだ? 力が抜けていく……!」
「ぐぬぅ……。て、てめぇ! 何をしたっ?」
俺の影魔法によって、見張りの男たちが地面に張り付く。
いやぁ、この魔法は便利だなぁ。
火魔法のような派手さはないし、雷魔法のような速度もないし、土魔法のような物理攻撃力もない。
だが、使い方次第では物音を立てずに敵を処理できる。
こういう影の仕事で特に役立つのだ。
「お前たちは何も知らなくていい。闇に呑まれて眠れ」
「な、なに……?」
「ま、待ってくれ……! 意識が遠のいて……」
「俺たちはただのチンピラで……いやだ……死にたくない……」
パチンッ!
ドサドサッ!!
俺の指鳴らしの音を最後に、その場に倒れ込む男ども。
もちろん殺してはいない。
だが、影魔法によって奪われた意識はしばらく戻らないだろう。
(出力を上げれば、今のように強制的に気絶させることができる。コイツらが恐怖を感じるのも当然か)
眠りたい時に眠るのは、人として当然のことだ。
また、麻酔薬や睡眠薬も、意識を失うことを認識した上で服用するので恐怖感は覚えにくいだろう。
だが、この魔法は違う。
俺という他者の魔力によって強制的に意識を失わせられるので、敵対者はまるで死を与えられるかのような錯覚を覚えるのだ。
「さて、我も闇に潜るとしよう。深淵に堕ちた三日月を救い出すために」
俺はそう呟く。
そして、エレナたちを救うためにダダダ団のアジト内を進んでいくのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!