『タカシお兄ちゃん……。またパパが……』
「バルダイン王が? ……分かった。俺が何とかするよ」
マリアが俺に泣きついてくる。
俺はマリアの頭を撫でた。
子どもの泣き顔など、あまり見たいものではない。
「救ってもらったこの命、今度は俺がマリアたちを助けるために使うさ。あの日、俺はそう決めたからな」
あれはもう、数か月前のことか。
単身でこの国に潜入した俺は、国王夫妻を暗殺するために城へと忍び込んだ。
RTAのような効率でレベリングしてきた俺にとって、それはさほど難しいことではなかった。
俺は王宮の最奥部にたどり着き、国王夫妻と戦う。
彼らの目には黒いモヤのようなものがかかっており、思考能力が鈍化している様子だった。
そういった事情も俺に味方したことで、俺は国王夫妻を追い詰めた。
だが、そこに乱入してきたマリアによって俺は無力化されてしまう。
彼女が持つ国宝『吸精の宝杖』に魔力を吸われた俺は、なすすべもなく倒れ込んだ。
半暴走状態にあった国王は、それを好機とばかりに容赦なく俺に攻撃を仕掛けてくる。
パーティメンバーもいない俺はそのまま討ち取られるところだった。
しかし、マリアが庇ってくれて命だけは助かった。
そんな感じだ。
「バルダイン陛下、お加減はいかがですか?」
俺は玉座の間に入る。
この数か月間で、いろいろあった。
最初は俺の忠誠に対して懐疑的であった面々も、今では俺という存在を受け入れている。
というか、『バルダイン王を何とかしてくれそうな人物』は俺ぐらいしかいないというのが実情で――
『タカシお兄ちゃん、危ないっ!』
「むっ!?」
マリアの声が響く。
俺は咄嗟にその場を飛び退いた。
一瞬前まで俺がいた場所に、闘気を纏った斧が振り下ろされる。
「……どうやら、症状がさらに進行してしまっているようだな」
『うん……。パパ、もう元には戻ってくれないのかな……』
斧で俺を攻撃してきた者、それはバルダイン王だった。
彼の目は黒いモヤで完全に覆われている。
もはや、まともに自我を保てているかどうかすら怪しい。
数か月前の時点では、ここまでの状態ではなかったのだが……。
「心配するな、俺が必ずなんとかする。マリアのためにもな」
バルダイン王の異変の原因。
それはほぼ間違いなく、目の黒いモヤが関係している。
彼以外にも、王妃やその他の重鎮も似たような状態なのだ。
六武衆という武闘派集団もほぼ全滅で、マリアの兄バルザック王子に至っては行方不明。
この国の政務や軍務は崩壊寸前である。
こうした異常事態を招いた原因として、センと名乗る謎の女に疑いがかかっている。
だが、彼女は俺と入れ替わるようにして姿をくらました。
彼女が黒幕であった可能性は相当に高いと思われるが……。
今となっては確認のしようもない。
「陛下、あなたはお疲れなのです。しばしの間、お眠りください」
俺はバルダイン王を気絶させる。
彼は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
俺は兵士に指示して、バルダインを寝室へと運ばせる。
そして、彼が座っていた玉座に腰を下ろした。
「諸君、僭越ながら俺が国王代理を務める。異論のある者はいるか?」
俺が周囲にそう尋ねる。
異種族である俺に対する不信感は強いだろう。
だが、表立っての反対もないようだ。
俺はこの数か月の間も、『ステータス操作』によって急成長を続けている。
火魔法によってサザリアナ王国の兵士や冒険者をぶっ殺しまくったのが大きい。
あれはとてもレベリング効率が良かった。
新たに得たスキルポイントでまたスキルを強化し、また戦争で活躍して……という正のスパイラルが続いている。
圧倒的な戦闘能力を持つ俺に逆らえば、殺されてしまうかもしれない。
みんな、それを恐れているのだろう。
「心配するな。俺はバルダイン王やマリア姫に忠誠を誓っている。それに、サザリアナ王国の兵士たちをたくさん討ち取ってきたんだ。今さらサザリアナ王国に帰る場所など、ありはしない」
俺の言葉を聞いて、みんなの表情が少し和らいだ。
あの日、マリアに命を救われてから、俺はオーガやハーピィのために奮闘してきた。
俺とマリアの仲が良好なのは、みんなも知っている。
また、戦争で凄まじい武功を上げていることも周知の事実だ。
サザリアナ王国の国力は、この国よりも大きく上。
初期の小競り合いこそ互角だったが、長期戦になれば間違いなく負けていただろう。
それなのに、数か月が経過した今も戦局は互角。
いや、むしろこちら側が押している。
その要因は、もちろん俺だ。
「マリア、俺は君のためにも戦うよ。そして、バルダイン王の目を覚まさせる」
『タカシお兄ちゃん……! ありがとう! でも、無理はしないでね?』
「ああ、分かってる」
マリアの頭を撫でた。
その仲睦まじい様子を見て、兵士たちは安堵の表情を浮かべたのだった。
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