「いや、神の加護を受けても、あの程度なのかと思ってな」
俺は樹影と戦い、一蹴したことがある。
確かに、俺はチートスキルという強力な武器を持っている。
だが、神の加護――それもまた、言うなれば神話級のチートではないか。
それが拮抗すらせず、簡単に押し切れたというのは、どうにも釈然としない。
まるで紙を裂くような感触だった。
力のぶつかり合いではなく、一方的な蹂躙。
その戦いは、漫画や小説で言えばオールカットされるような呆気ないものだった。
「兄貴と比べるのは酷だろ……。それに、一口に加護っつってもいろいろあるらしいぜ?」
弟分の声が、少し気まずそうに響いた。
俺の思考を遮るには十分な響きだ。
「そうなのか?」
「ほんの気持ち程度に強化してくれる加護もあれば、大幅に強化してくれる加護もある。神さんから完璧に認められれば、その場で付きっきりの修行をしてくれたり、分体を与えてくれたりすることもあるらしいぜ」
口にする彼の目には、どこか畏敬と興味が混ざっていた。
神の加護が、単なる一括りの力ではないことを、改めて理解させられる。
「ほう……。樹影はそこそこ強かったし、中程度の加護だったということか」
「かもな。でも、他に新たな適性者が出れば、既存の加護が弱まることもあるらしい。……それで、だ。問題は、樹影さんの加護が弱まりつつあるってことだ」
流華の口調がわずかに重たくなる。
「……つまり、樹影以上の適性者が現れたってことだな?」
俺の声も自然と低くなる。
胸の奥で、何かがじくじくと疼き始めていた。
厄介だ。
例えば、武者修行中の余所者が加護を得るのはまだいい。
だが、もしも翡翠湖藩にゆかりのある者が加護を手にしたら、それは問題だ。
戦局が揺らぐ。
近麗地方の平定が遠のく。
少しでも油断すれば、すぐに形勢が逆転する……かもしれない。
「今後の趨勢が不透明だな。俺が出向くのが確実か?」
そう呟く俺。
だが、流華はすぐに首を振った。
「いや、兄貴は桜花城でどっしりと構えていてくれよ。何かあっても本拠地に兄貴がいると思えば、安心できるからさ。つーことで、翡翠湖は――」
「私にお任せいただこうと思います」
不意に割り込んできたのは、紅葉の静かな声だった。
彼女は植物妖術使い。
決して弱くはないのだが、どちらかといえば攻勢よりも守備に長けたタイプ。
しかし、その目に宿る決意は、紛れもなく前線に立つ者のそれだった。
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