「あっはっは! もっと酒を持ってきなさい! 私はまだ飲み足りないのよ!」
「はい、ただいま!」
「ふふふー。素朴だけど良い味だねー。もっと食べたいなー」
「かしこまりました! すぐに用意しますので少々お待ちください!」
「あ、すんませんっす。オレっちは果物が欲しいっす!」
「了解いたしました!」
エレナたち『三日月の舞』は村で歓待を受けていた。
村の広場で焚かれた火を囲んで、みんなで食事を楽しむ。
好き放題しているエレナたち3人はもちろんのこと、他の村民たちも上機嫌だ。
村の危機を無事に乗り越えたのだから、それも当然だろう。
「この度は本当にありがとうございます。エレナ様たちのおかげで村は救われたようなもので……」
「その通りね! せいぜい私たちに感謝すると良いわ!」
村長の感謝の言葉を受け、エレナはお酒の入ったコップをグイッと傾ける。
「エレナちゃん、さっきから飲み過ぎだよー」
「あっはっは! まだまだ足りないわ! もっと飲むわよ!!」
ルリイの制止の声を受けても、エレナの飲酒ペースは落ちない。
村長はそれを心配そうに見ている。
「エレナっちはいつもこんな感じっす。気にしないでくださいっす」
「そ、そうなのですか……。大変ですね……」
村長とエレナたちの会話を聞き、村人たちが笑い合う。
宴会は和やかな雰囲気だ。
エレナの酒癖はやや悪く、ルリイやテナも遠慮なく飲み食いしている。
だが、村が救われたことを思えば、これくらいの出費など些細なことだ。
むしろエレナたちが満足するまで、好きなだけ食べさせてあげたいと思っている。
「果物を切りますね」
「あら、ありがとう」
エレナの近くで、村の少女がナイフを使ってリンゴの皮を剥いている。
剥き終わったリンゴを皿に乗せ、それをエレナに差し出した。
「どうぞ」
「ありがと」
エレナが礼を言い、受け取ったリンゴを口に運ぶ。
シャリッとした食感と共に口の中に甘酸っぱさが広がった。
「うん、美味しいわね。――って、ちょっと!? あなたそれは……」
「え? な、なにかダメだったでしょうか? 申し訳ありません」
急に声を荒げたエレナに驚き、少女が戸惑う。
Cランク冒険者であるエレナとただの村人の少女では、立場が違う。
サザリアナ王国の法律上は同じ平民だが、戦闘能力・資産・コネクションという面では大きな差があるからだ。
そんなエレナが少女に対して声を張り上げたことに、周囲の村人は驚いている。
「ごめんなさい。あなたが謝ることじゃないのよ」
「えっと……」
「そのナイフ、もしかしてハイブリッジ製かしら?」
「あ、実はそうなんですよ! 領主様がこの村を視察なされたときに、いくつかの支援物資をいただいて……」
「そう……。やっぱり……」
エレナはタカシのことを『タケシ』だと勘違いしている。
単純に名前を間違えているだけではなく、彼女が持っている『初級冒険者タカシ』と『数々の功績を上げたタカシ=ハイブリッジ男爵』の二つのイメージが結びついていないのだ。
しかしその一方で、彼女は『タカシ=ハイブリッジ男爵』に想いを寄せている。
彼女の脳内では、タカシは理想的な男性として描かれているわけだ。
「あ、あの……?」
「――それを寄越しなさい」
「へ?」
「早くしなさい」
「い、嫌です! これはあたしの宝物なんです!」
「いいから渡しなさい!」
「嫌です! 絶対に渡しません!!」
「なんですってぇ!?」
エレナが激高する。
だが、少女が抵抗するのも当然だった。
性能面では何の変哲もないナイフとはいえ、ハイブリッジ男爵家から下賜されたものなのだ。
村人の少女にとっては宝物である。
「あ、あの、ちょっと落ち着いてください! どうしてケンカになっているのですか?」
「うるさいわね! 私は落ち着いてるわよ!」
「そ、そうですか……」
村長の問いかけに対し、エレナは怒り心頭といった様子で答える。
彼はそれを見て、これ以上の追及を諦めた。
「――って、村長のその服は……」
「へ? あ、ああ、これは領主様からいただいたものですよ。本来は恐れ多くて着れないところなのですが、せっかく頂戴したものですし……」
「ぐぎぎ……。よ、よく見ればあっちの男の剣も……この鍋だって……」
「はい。全部、領主様からいただいた物ですね」
「ぬあぁあぁっ!! なんてこと! なんてこと! なんてこと! なんてこと!」
エレナは叫びながら、手近にあったコップを手に取る。
そして、それを一気に飲み干した。
「ぷはっ!」
「ちょ、ちょっとエレナちゃん!」
「エレナっち、お酒をそんなに飲んで大丈夫っすか!?」
「うふふ……。覚悟は決まったわ」
エレナは立ち上がる。
何やら不穏な気配を感じ取ったのか、村人たちの間に緊張が走った。
「交渉よ。ゴブリンを討伐してあげたお礼として、ハイブリッジ製のものを寄越しなさい」
「「「ええぇっ!? 」」」
エレナの突然の要求に、村長たちが驚きの声を上げる。
「エレナちゃん、それってさっきのナイフのこととかでしょー? ダメだよー」
「そうっすよ! 村の人たちの大事なものを奪っちゃかわいそうっす! それに、お礼はもう受け取ってるっす! こうして好きなだけ飲み食いさせてもらって――」
「うるさいわね! 私はCランク冒険者よ! 欲しいものはなんでも手に入れなきゃ気が済まないわ! 私に渡さないなら、この村の財産を根こそぎ奪ってやるんだから!!」
「エレナちゃん、それはいくら何でも横暴すぎるよー」
「盗賊として指名手配されちゃうっす!」
エレナの暴走発言を、ルリイとテナが必死に止めようとする。
だが、エレナはその二人を振り払い、村人たちの輪の中心へと歩いていくのだった。
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