エリオットは正気に戻った。
瘴気だけを取り除いたので、後遺症が残る心配もないだろう。
「ナイトメア殿。貴殿に受けた恩は忘れない」
ネプトリウス陛下が頭を下げる。
俺は恐縮した。
「当然のことをしたまでですから」
「いいや。貴殿がいなければ、人魚族の未来は暗いものであっただろう」
ネプトリウス陛下は首を横に振る。
彼は真剣な眼差しで俺を見た。
「改めて……貴殿に頼みたい。どうかこの里に留まり、人魚族を守ってくれぬか?」
「俺は……」
一瞬、迷った。
だが、答えは最初から決まっている。
「申し訳……ありません。俺には帰らなければならない場所があるのです」
「ふむ。だろうな」
ネプトリウス陛下は、あっさりと引き下がった。
まぁ、さっきも断ったもんな。
ダメ元で再確認しただけだろう。
「ならばせめて……これを」
陛下が差し出したのは、古びた青い石だった。
「これは……?」
「『海神石』と呼ばれるものだ。我が王家に代々受け継がれている宝物でな」
ネプトリウス陛下は語る。
海神石……初めて聞くアイテムだな。
「そんな貴重なものを、俺が受け取ってしまってもいいのですか?」
「構わん。貴殿には多大な恩がある。今しがたエリオットの命を救った他、仇敵であるジャイアントクラーケン討伐のきっかけをつくってくれたな。他にもいろいろ聞いておるぞ?」
「と言いますと……」
「治療岩で多数の負傷者を治療し、防壁を補修し、魔物を討伐し、結界魔法の発動を補助したそうではないか。それに、我が娘を地上で監禁していた男を倒してくれたとも聞いている。……その礼だ」
「そうですか……」
俺の活躍は、しっかりと国王にまで届いていたらしい。
頑張ってきた甲斐があった。
ここは遠慮なくもらっておこう。
「ありがたくいただきます」
俺は海神石を受け取った。
その瞬間、何やら不思議パワーが流れ込んでくるのを感じる。
「おお!?」
驚いて海神石を落としてしまった。
ネプトリウス陛下が目を丸くする。
「どうしたのだ? 大丈夫か?」
「申し訳ありません、貴重なものを……。ちょっと魔力が暴走しそうになっただけです」
「ふむ……?」
ネプトリウス陛下が海神石を拾った。
目上の人に落とし物を拾わせたみたいで申し訳ないな。
「確かに、海神石には持ち主の魔力を強化する効果がある。だが、その強化量には個人差があってな……。余が持つと力強さこそ感じるが、落としてしまうほどではない。エリオットやメルティーネに持たせたこともあるが、落としたりはしなかった」
「その通りですの。では、ナイ様と海神様の相性が悪かったのでしょうか……」
メルティーネ姫が不安そうに言う。
確かに、相性の問題はありそうだ。
「いや、逆かもしれんぞ? ナイトメア・ナイト殿は海神ポセイドン様に愛されておられるのではないか?」
エリオットがそう意見する。
なるほど……そういう考え方もあるのか。
「だとしたら、素晴らしいことですの!」
メルティーネ姫が嬉しそうに言う。
俺も彼女と同じ気持ちだった。
「そうかもしれないな。俺は以前から上位存在とも関わりを持っているんだ」
「上位存在ですの?」
「詳しくは話せない。ま、そういうこともあるんだと思ってくれ」
まずは、俺にミッションを与えてくる謎の存在『権限者』だな。
次いで、リンドウ古代遺跡にいた炎の上位精霊『プロドナス』、参級精霊『サラマンダー』あたりである。
聖女リッカも、神の代行者とか代弁者と言っていい存在かもしれない。
海神『ポセイドン』は、どれくらいの立ち位置なのだろう?
さすがにサラマンダーやリッカよりは上かな?
しかし、謎の存在『権限者』と並び立つほどの存在なのかどうかは微妙なところである。
上位精霊『プロドナス』と同格あたりの可能性が高い気もする。
ならば――
「俺なら、ポセイドンっちとも仲良くなれる。そんな気がするぜ」
俺は冗談めかして言う。
メルティーネたちも、軽く笑ってくれた。
だが――
『矮小ナル存在ヨ……。我ガ名ヲソノヨウニ軽々シク呼ブトハ、不敬デアル……』
玉座の間に、重苦しい声が響いた。
これはまさか……!?
「海神石が喋ったですの!?」
メルティーネ姫が目を瞠る。
海神石から発せられるのは、確かに声だった。
しかし、生命の存在は感じない。
スピーカーのような役割を持っている感じか……?
『我ガ名はポセイドン……。海ヲ司ル者ナリ……。貴様ガ更ナルチカラヲ与エルニ足ル存在カドウカ、見極メテヤロウ……』
海神石が明滅する。
直後――
俺の視界が暗転したのだった。
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