「ふふん。ここが弓術大会の会場なのね」
「へえぇー! なんだか、強そうな男の人がたくさんいるねっ!」
ユナとマリアがそう言う。
2人は、王都近郊にある森に来ていた。
今日はここで、弓術大会が開かれるのだ。
「あら? あそこに立っているのは、もしかして……」
「え? ユナお姉ちゃん、知っている人がいたの?」
マリアは王都に馴染みがない。
ハガ王国の王女である彼女は、タカシが率いるミリオンズに加入するまで、ずっと自国で暮らしていたからだ。
一方のユナは、ミリオンズに加入する以前から冒険者として活動していた。
王都にも一度だけ来たことがある。
「ふふん。知り合いではないわよ。一度会ったことがあるだけ。向こうは覚えていないでしょうね」
「そっかぁ……。それで、どの人のことなの?」
「あの人よ。あそこにいる……銀色の弓を持った女性」
ユナが指し示した先では、凛々しい女性が弓を携えて立っていた。
「うーん……。よく分からないけど、すごく美人なお姉さんだね!」
「そうでしょう? 彼女は私の憧れなの。【銀弓】のホーネスとは、彼女のことよ」
「え? ユナお姉ちゃんに憧れの人っているんだ。なんだか意外かもっ!」
「どういう意味よ、それ……。私にだって目標とする人ぐらいいるわよ」
マリアとユナがそんなことを話しているときだった。
「うちのことを話してるんか?」
そんな声が聞こえてきた。
2人が視線を向けると、そこには1人の女性が立っていた。
美しく輝く銀色の弓を持っている。
彼女こそ、先ほどユナが言及していたホーネスである。
「あ、いえ、ええと……」
普段は勝ち気なユナが、めずらしく狼惑した様子を見せる。
「ん? どこかで会ったことがあるか? 見覚えがある気がするんやけど……」
「い、いえ。それは……」
ユナが言いよどむ。
先ほどマリアにも説明したが、基本的には彼女が一方的に知っているだけの人物だ。
一度だけ会ったことがあるのだが、それを相手が覚えているわけがないと思っていた。
「ああ! 思い出したで! ウェンティア王国の弓術大会があった日に、街で迷子になっとった女の子やないか? あの時は無事に親御さんと合流できてよかったなぁ」
「お、覚えてくれていたんですね。ありがとうございます」
ユナが答える。
まさか自分のことを認識されているとは思わなかった。
憧れの人に覚えられていた高揚感に、心が落ち着かない。
「なんや、あんまり元気ないな。せっかくの祭りなのに、もっと楽しめばいいやん」
「お祭り、ですか?」
「知らんのか? もうすぐで、数年に一度しかない叙爵式が開かれるんや。それに合わせて、料理コンテストやら弓術大会やら、いろんなイベントが開かれとるんや」
ホーネスがそう説明する。
「へえ……」
「特に今回は、今までの叙爵式の時期に比べて盛り上がっとるで。なんや、新貴族のハイブリッジ騎士爵とかいう奴が有名らしいわ」
「ハイブリッジ騎士爵ですか……」
思わぬところで自分の愛しい男の名前を聞いて、ユナの胸は高鳴った。
「ま、御前試合が行われる時期の盛り上がりに比べたらまだまだ大人しい方やけどな。何にせよ、今日は楽しんでいきや。お前さん……ええと……」
「わ、私の名前はユナです」
「ユナちゃんか。ユナちゃんも、この弓術大会に参加するんやろ?」
「はい。そうです!」
「なら、お互い頑張ろうや。うちに勝つことはさすがに無理やろうけど、いい線はいけるかもしれんで!」
「はい! 精一杯頑張ります!」
ユナは、憧れの女性にそう告げたのだった。
「さあ、ここがパーティ会場ですよ。リーゼさん、準備はできていますか?」
「もちろんですわ。ばっちりですわよ!」
サリエの問いに、リーゼが自信満々にそう答えた。
ここは、とある侯爵家が王都に構える別荘。
本日は、ここに貴族たちが招かれてパーティーが開かれることになっていた。
「リーゼさんにしては珍しくいいお返事ですね。うう、今までの苦労が報われる日が来ました……」
サリエが遠い目をしてそうこぼす。
ハイブリッジ騎士爵には、今や第八夫人までが存在する。
しかし、第一から第五夫人までは、平民出身者ばかりだ。
第六夫人のマリアは王族だが、まだ幼い上、他国の出身ということもあり、サザリアナ王国における貴族の交流を任せるには心もとない。
そんなわけで、ハイブリッジ騎士爵家における貴族間の付き合いは、第七夫人にして元ハルク男爵家の令嬢サリエと、第八夫人にして元ラスターレイン伯爵家の令嬢リーゼロッテの双肩にかかっていた。
「サリエさん、それは言わない約束でしょう? わたくしだって、やるときはやりますのよ」
「そうですね。失礼しました」
サリエが素直に謝罪する。
ハイブリッジ家における序列としてはサリエの方が少しだけ上だが、元々の身分はリーゼロッテの方が上だ。
それに、年齢もリーゼロッテが上であるため、サリエはリーゼロッテを敬う気持ちを持っている。
「ふふっ。楽しみですわね……。なにせ、侯爵家ですもの。さぞかしおいしいお料理が……。じゅるり……」
「……」
リーゼの期待に満ちた言葉を聞き、サリエが呆れた目で彼女を見る。
(また始まりましたね。リーゼさんの『食いしん坊モード』が……)」
サリエが内心でぼやく。
(こればっかりはどうしようもないんですよねぇ。タカシさんも何も言いませんし……)
ハイブリッジ騎士爵家の当主であるタカシは、他人に甘い。
特に妻たちに対しては、それぞれの行動のほぼ全てを全肯定してくれる。
それはとても居心地のいいものであったが、ときには注意してほしいと思うときもあった。
(まあ、私は私で甘やかされているところもあるのでしょうし、あまり人のことは言えないんですけどね。でも、リーゼさんの場合は、ちょっと行き過ぎている気がします……)
サリエはそんなことを考えつつ、リーゼロッテと共にパーティ会場に足を踏み入れる。
その時だった。
「あら? 誰かと思えば、サリエさんではありませんの」
2人が声をかけられて振り向くと、そこには1人の女性の姿があった。
「これは、お久しぶりでございますわね。リリーナ様」
サリエが恭しく頭を下げる。
彼女はこの侯爵家の令嬢だ。
男爵家の次女であるサリエよりも身分は上である。
「へえ? 難病から快復したというのは本当でしたのね」
「はい。ご心配をおかけいたしまして申し訳ありませんでした」
「ふん! 別にあなたのことなんて、心配しておりませんでしてよ!」
リリーナが鼻息荒くそう告げる。
「それで、あなたのような貴族の末端が、我が侯爵家に何の用ですの?」
「もちろんパーティに参加させていただくためです。こちらに招待状もありますが……」
サリエが懐から取り出した手紙を見せる。
「ああ、確かハイブリッジ騎士爵家にも出していましたわね。そう言えば、サリエさんはハイブリッジ騎士爵家に嫁いだのでしたね」
「はい、そうですね」
「ふふっ。ぷーくすくす! よくもまあ、あんな男の嫁になれたものですわね」
リリーナがバカにしたような表情をする。
「どういう意味でしょうか?」
「冒険者上がりの騎士爵など、野蛮人そのもの。どうせ貴族の作法も知らない未開人なのでしょう。そんな男に嫁いだサリエさんを哀れに思っただけですわ!」
「そんなこと……」
「取り繕いは結構ですわ。しかも、サリエさんはそんな男の第七夫人だとか……。ハルク男爵家も堕ちたものですこと!」
リリーナの言葉に、サリエが顔をしかめる。
「あの、今の言葉は……」
「ま、せいぜい頑張ることですわね。それでは、わたくしはパーティの準備がありますので、これで……」
そう言うなり、リリーナはそそくさとその場を離れていく。
「まったく、相変わらず高飛車な方ですね」
サリエはため息交じりにそう呟いたのだった。
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