「さあ、お仕事の始まりです!」
ミティが腕まくりをしてそう言う。
彼女は今、工事現場の力仕事に取り掛かろうとしていた。
「おいおい、まだ帰ってなかったのかよ」
「ガキにこの力仕事は務まらねえぞ! 引っ込んでな!」
ガタイのいい男たちが、彼女にそう声をかける。
見た目が幼いミティのことを侮っているのだ。
「どうしてもやるっていうんなら、隅っこで小さな荷物でも運んでろ!」
「休憩時間に俺のマッサージをしてもらうっていうのでもいいぜ! いろんなところが凝ってるんだ。そう、いろんなところがな。ほぐしてもらえば仕事も捗るぜ」
男たちがニヤリと笑う。
「うるさいですね……。実際に見せて黙らせるとしましょうか……」
ミティが拳を握りしめ、気合を入れる。
そして、大きな木箱に近づき、手を掛けた。
「ふんっ!」
彼女が少しだけ力んだかと思うと、その木箱は軽々と持ち上げられていた。
「なっ!? ば、馬鹿な……!」
「あんな小さな身体で……!?」
男たちが驚きの声を上げる。
「これくらい、どうということはないでしょう?」
ミティが何でもないことのようにそう言う。
「ぐぬっ! ……た、確かにそうだな。どうってことはねえ!」
「おうよ! そのサイズの木箱1つぐらいなら、俺にだって持てるぜ」
「ぬおおおおぉっ!」
「はああああぁぁっ!!!」
男たちは力を全開にし、それぞれがミティと同サイズの木箱を1つずつ持ち上げた。
普段から工事現場で働いているだけあって、彼らも確かな腕力を持つ。
「はっはあ! どうだ!? ガキが調子に乗るなよ!」
「普段は2人掛かりで1つの木箱を運んでいるが、その気になればこの通りだ!」
男たちが得意げにそう言い放つ。
そして、ミティと共にそれぞれが規定の場所まで木箱を運ぶ。
「ふむ。さっきの場所からここまで運べばいいのですか」
「ぜえっ、ぜえっ……。そ、そうだ……。結構な距離があるだろう?」
「はあ、はあ……。ついムキになっちまったが、これ以上の無理は禁物だ。木箱はまだたくさんある。次以降は無理せずに運んだ方がいい」
涼しい顔をしているミティに対して、男たち2人は汗まみれになっていた。
彼女たちは再び最初の場所に戻る。
「だいたい分かりました。残っている木箱の数、1つあたりの重さ、そして運ぶ距離。これなら……」
ミティは木箱を3つ重ねると、それをヒョイっと持ち上げた。
「な、何だと!」
「3つの木箱を1人で……? そんなことができるはずがねえ!」
男たちが驚愕する。
「この程度で何を騒いでいるのでしょうか?」
ミティはなおも涼しい顔をしてそう問う。
今後も運ぶことを考慮して3つに留めているが、彼女がその気になればもっと多くの木箱を持つことも可能だ。
「た、たまたま中身が少ない木箱があったのか?」
「そうに違いねえ! おら、その木箱をよこしな! 軽い木箱を運んで仕事をした雰囲気を出そうたって、そうはいかねえぜ!」
男たちはミティに木箱の引き渡しを求める。
「やめた方がいいと思いますが……」
「はっはぁ! そんなにバレるのが怖いか!」
「安心しろ。このインチキの落とし前は、俺たちへのマッサージだけで勘弁してやるぜ!」
男たちが下卑た笑いを浮かべながら、ミティに迫る。
「仕方ありませんね……」
ミティがため息交じりにそう言うと、男たちに木箱3つをドカっと手渡す。
「へっ、素直じゃねーか! って、うおおおおぉっ!?」
「な、何だこの重さは!? つ、潰れる……。ぬおおおおぉっ!!」
男たちは悲鳴を上げ、必死に全力を出して耐える。
この3つの木箱の重さは、他の木箱と比べて特に軽いわけではない。
ミティが軽々と持ち上げていたのは、それだけ彼女の力が強いというだけの話だ。
「だから言ったじゃないですか。やめておいた方が賢明ですよと」
ミティが呆れたようにそう言う。
「くそっ! 負けてたまるか!」
「おうよ!! 男が一度持った荷物を下ろすわけにはいかねえ! これはこのまま運ぶぜ!!」
男2人が意地になって、そのまま運び始める。
しかし、余裕は一切ないようだ。
顔中にびっしりと玉のような汗を浮かべている。
「では、私は他の木箱を運ぶことにしましょうかね」
ミティが持っていた3つの木箱は、先ほど男たちに引き渡した。
彼女は代わりの木箱に手を掛ける。
「あの人たち、何やら無茶をしているようです。私は、少し多めに運んでおいた方がいいかもしれません」
ミティはそんなことを呟くと、今度は5つの木箱を持ち上げた。
そのまま、軽快な足取りで男たちに追いついていく。
「ぜえ、ぜえ……。もうちょっとだ。……って、ええ!?」
「バ、バカなあああぁっ!! なんだその力はああぁぁっ!!」
ミティが男たちを追い抜いた時、彼らは驚愕の声を上げた。
彼女は汗一つかいていない涼しげな表情のまま、5つの木箱を所定の場所に運ぶ。
少し遅れて、力を合わせて3つの木箱を持った男たちが到着する。
「へえ? 結局、意地でここまで運んできたのですか。やるではないですか。これは早めに終わりそうです。さあ、またスタート地点に戻りますよ!」
ミティが男たちにそう声を掛ける。
現時点で運んだ木箱は、合計で11個だ。
ミティが6個。
男たち2人が合わせて5個である。
木箱はまだまだあるので、引き続き運ぶ必要がある。
「ぜぇっ、ぜぇっ……。ま、待ってくれ! 少し休憩を……」
「そ、そうだ! これだけのハイペースで運んでちゃ、最後までもたねえ!」
2人の男は息も絶え絶えで、とても仕事ができるような状態ではない。
「はぁ。仕方がありませんね。では私に任せて、あなたたちは休んでいるといいでしょう。もちろんその分、冒険者ギルドにはしっかりと報告してくださいね? この私が、百人分の仕事をしたと」
ミティがそう言う。
彼女は特に金銭欲や名誉欲が強いタイプではない。
ハイブリッジ騎士爵の第一夫人として恵まれた生活を送っており、夫には愛され、先日は娘のミカも誕生した。
そんな彼女は現状に大いに満足していた。
それでもこうして仕事をしているのは、自分が活躍することで間接的にタカシの名声が高まるのではないかと考えているからだ。
「ひゃ、百人分? さすがに大げさ……。いや、お前さんならそれも可能か……」
「嬢ちゃんの力があれば、普段は数日掛かりで終わらせているこの仕事も早めに終わるだろう……。俺たちの取り分は少し減るだろうが、余った時間で他のことができるしな。ありがてえぜ」
男たちはそう言い、ミティに頭を下げる。
彼女はその言葉を聞き、仕事に戻った。
規格外のパワーで、次々に木箱を運んでいく。
「百人分の仕事、か。あれを見れば納得せざるをえない……」
「百人分、百人分……。どこかで聞いたことのあるような……?」
休憩中の男が首を傾げ、ミティの背中を見つめる。
そして、ついに思い出した。
「あっ……!」
「どうした?」
「あいつ……いや、あの方は、”百人力”のミティだ!」
「”百人力”のミティ……? お、思い出したぞ! ギルド貢献値8200万ガルのBランク冒険者じゃねえか! ど、どうしてこんなところに!?」
男たちは興奮した様子でそう語る。
ちょうどその時、ミティがまた木箱を持って彼らの前を通りがかった。
「休憩はもうそろそろ終わりでいいのではありませんか? 早く働いてください」
ミティの剛腕の前には、多少屈強な程度の男が2人加わったところで、極端に作業効率が増すわけではない。
しかしそれでも、いないよりはマシだ。
「は、はい! 承知しました! ミティの姉御!!」
「うおおぉっ! ミティの姉御のために、俺ら頑張りますぜ!」
男たちがやる気を取り戻し、木箱運びを再開する。
「あれ? どうして私の名前を……? まあいいですか。やる気と元気を取り戻したようですし……」
ミティは首を捻りつつも、荷運びに戻る。
こうして、彼女の仕事は順調に進んでいったのだった。
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