カトレアの姿を探す。
俺たちがミドルベアと戦っている間に逃げているかと思ったが、彼女はまだ同じ場所にいた。
そういえば、魔の角笛を吹き終わった後に力なく座り込んでいたな。
何か副作用などがあるのかもしれない。
演奏者の生命力やMPを著しく消耗するとか。
彼女は力なく座り込んではいるが、意識はあるようだ。
「……くっ! まさかミドルベアをこうも簡単に……」
簡単に、というほど簡単ではなかったが。
MPや闘気をかなり消耗した。
重傷者はいないものの、軽傷は5人それぞれ負っている。
決して楽な戦いではなかった。
「カトレアさん。もうやめてください。私たち、昔は仲良しだったじゃないですか」
ミティがそう言う。
「うるさい! 才能だけのクソ女が! こうなりゃ私自身で……!」
カトレアがこちらににじり寄ってくる。
いくらなんでも、彼女1人で俺たちを相手にするのは無謀だろう。
彼女は正常な判断力を失っているようだ。
嫉妬がここまで人を狂わせるのか。
……いや。
待て。
彼女の様子がおかしい。
目に黒いモヤがかかっている。
黒いモヤがだんだん濃くなっていく。
目からあふれたモヤが帯状に連なっていく。
まるで、生きているかのような動きをしている。
「あれは……まさか霧蛇竜ヘルザム!?」
アイリスが驚いた顔でそう言う。
「知っているのか!? アイリス」
「S級冒険者たちが外界から持ち帰ってしまった魔物だよ。5大災厄のうちの1つ。人に取り憑いて、負の感情を増幅させるらしい」
「なぜそんな魔物がこんなところに!?」
「知らないよ、そんなの!」
S級でも手こずるような魔物か。
マズいかもしれない。
「理由はどうでもいいよ! あの魔物は危険なやつなの!?」
モニカがそう言う。
「いや……。霧蛇竜ヘルザムが危険なのは、精神を汚染して暴走させる点だよ。直接的な戦闘能力はそれほどない」
アイリスがそう言う。
「つまり、どうすればいいんだ?」
「カ、カトレアさんを、ボコボコにすればいいのでしょうか?」
ニムが物騒なことを言う。
なかなかの過激派だ。
「無力化するだけなら、それでもいいけど。根本的な治療のためには、聖魔法がいる」
「聖魔法か。俺とアイリスの出番だな」
「そうだね。タカシの聖魔法をレベル2に強化しておいてよかったね」
「アイリスの助言のおかげだ。ありがとう」
こういう局面に遭遇したとき、聖魔法を使える人がアイリスだけなら、少し厳しい状況になるところだ。
アイリスと手を繋ぐ。
聖魔法の合同発動に必要な行為だ。
「ちっ。いちゃつきやがってよお! てめえらもついでにくたばりやがれ!」
カトレアの様子がどんどんおかしくなっている。
口調が荒い。
こちらににじり寄ってくる。
俺とアイリス。
2人で聖魔法の詠唱を開始する。
「……神の光よ。邪を滅ぼしたまえ。ホーリーシャイン」
「ぐぅっ! あああああっ!」
カトレアが苦しんでいる。
「カ、カトレアさん!」
ミティが心配そうに声をかける。
「こ、これでだいじょうぶなのか?」
「わかんないけど、こうするしかないよ。もう一度やろう」
再び、2人で聖魔法の詠唱を開始する。
「……神の光よ。邪を滅ぼしたまえ。ホーリーシャイン」
「あ、あああああっ!」
カトレアが大声で叫び続ける。
「うーん。ちょっと出力が足りないかも……」
アイリスがそう言う。
「マジか。どうしよう!?」
対応策が何かないか。
……。
先ほどのミドルベア戦で、俺やアイリスのレベルが上がっていたようだ。
スキルポイントが入っている。
聖魔法を強化するか?
ぶっつけ本番で試すことになるが、仕方ないだろう。
ステータス操作で俺とアイリスの聖魔法を強化しようとした、そのとき。
「待って! カトレアの様子が……」
アイリスがそう叫ぶ。
「ぐ……が……。……ミティちゃん……」
カトレアがうめきながらそう言う。
「ヘルザムの支配が弱まっているみたいだな。もう一押しだ!」
俺はそう叫ぶ。
ミティが一歩前に出る。
「カトレアちゃん! 魔物なんかに負けないで! またいっしょに遊ぼうよ!」
ミティの呼びかけに、カトレアが反応する。
「ミティちゃん……。ずっと……仲良し……。ぐ……が……。あああああ!」
カトレアが大きな叫び声をあげる。
黒いモヤのような塊が彼女の体から飛び出し、どこかへと飛んでいった。
カトレアの体から力が抜ける。
その場に力なく横たわる。
「し、死んだのか……?」
「いや、聖魔法にそんな効力はないはずだけど」
「カトレアさん!」
ミティがカトレアに駆け寄る。
まだ危険かもしれないが。
そんなことを言っている場合じゃないか。
彼女を抱き起こす。
カトレアがミティを力なく見つめる。
どうやら生きてはいるようだ。
体に力が入らない様子ではあるが。
目の黒いモヤはなくなっている。
「カトレアさん! しっかりしてください!」
「……ミティちゃん? なんだか、私、悪い夢を見ていたようだわ……」
カトレアが力なくそう言う。
「ミティちゃんのことが羨ましくて、憎くて。ミティちゃんの親御さんの仕事の邪魔をして。ミティちゃんが奴隷として売られていく。そんな夢……」
それは夢ではなく、事実ではなかろうか。
ミティ、ダディ、マティたちに聞いた話と合致している。
「こんな夢、おかしいよね……。だって私とミティちゃんは、友だちだもんね。ずっと、仲良しの……」
カトレアの首がガクッと落ちた。
「カトレアさん! カトレアさん!」
ミティが必死に呼びかける。
「死んでしまったのか?」
人が死ぬのは嫌だ。
アイリスが近づき、カトレアの様子を見る。
「だいじょうぶ。気を失っているだけだ。ボクが治療魔法をかけるよ」
アイリスが治療魔法をかける。
「あとは、ゆっくり安静にさせよう。村のお医者さんや薬師にも見てもらったほうがいいね」
「そうだな。まずは村に戻ろうか」
みんなで村に戻ろう。
カトレアは、ミティがおんぶしている。
豪腕の彼女からすれば、問題のない重さだろう。
軽々と背負っている。
●●●
タカシたちが無事にミドルベアとヘルザムを討伐し、安堵している頃。
彼らを影から見つめる目があった。
センと名乗っている女だ。
「(うふふ。あの者たちは、カリオス遺跡でも見た顔ですね。まさか、ミドルベアとヘルザムを討伐するほどの実力があったとは……。まあ危なっかしいところもありましたが。思わず援護してしまいました)」
タカシが斬魔剣の反動で隙だらけになったとき、投擲で援護したのは彼女だった。
「(彼らの実力は、うれしい誤算です。私がヘルザムに手を焼く必要がなくなりました)」
彼女は手元に目をやる。
ヘルザムの死体があった。
「(聖魔法で弱り逃げようとするヘルザムを、難なく仕留めることができました。上級闇魔法の良い触媒になるでしょう。これでこの村での任務は完了です)」
女は、霧蛇竜ヘルザムの死体をアイテムバッグに収納する。
「(彼らとは、また会う予感がします。今回のように、うまく利用できればいいのですが。敵対してしまうと少し面倒ですね。まあ、そのときはそのときです)」
女はそう言って、その場を後にした。
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