俺はリオンを浄化した。
新技の『五精・オーバーエレメンツ』で強化した状態からの、大規模な聖魔法。
それは彼の闇の瘴気をすっかり浄化した。
あとはリオンをオルフェスの衛兵隊に引き渡し、彼の処遇を決めればいい。
そう思っていたのだが……。
「嘘……タケシ……?」
呆然としたような声が聞こえてきた。
その声の主はエレナだ。
彼女は大きく目を見開いて俺を見ていた。
「ああ、エレナか。奇遇だな」
俺はそう言って手を振る。
だが、エレナは呆然としたまま硬直している。
「おーい、エレナ?」
俺はゆっくりと彼女に近づいていく。
すると、彼女はハッとしたような表情を浮かべた後、なぜか数歩後ろに下がった。
「お、おい、エレナ? どうしたんだ?」
「…………」
俺が問いかけるが、エレナは無言である。
彼女の目は俺に釘付けになったままだ。
「エレナ? おーい?」
俺が更に呼びかけてみるが、彼女はまだ固まったままである。
どうしたものかと思案していると、ようやく彼女が言葉を発した。
「……のよ」
「ん? なんて?」
「……どうして、あんたがここにいるのよ! タカシ様はどこ!?」
エレナが叫ぶ。
その表情は、信じられないものを見たかのようだ。
「どうしてって……偶然に通りがかっただけだ。それにタカシなんて人、ここには来ていないぞ?」
「そんなわけないでしょ!? だって……」
エレナがそう言って後ずさる。
彼女の目は泳いでおり、明らかに動揺しているのが見て取れる。
(……少し苦しい言い訳だったか?)
ここは森の中。
偶然に通りがかるなんてことは滅多にない。
まぁ冒険者なら、絶対にないとも言い切れないのだが……。
あと、タカシが来ていないと断言したのもマズかったかもな。
エレナは何かしらの根拠を持って、タカシ=ハイブリッジがここにいると思っていた可能性がある。
「なあ、エレナ。なんか様子が変だぞ? 少し休んだ方がいいんじゃないか?」
俺はそんな提案をする。
おかしいのは俺ではなく、エレナだったということで話を済ませたい。
しかし、エレナは俺の言葉に納得するどころか、今度は詰め寄ってきた。
「う、うるさいわね! あんたみたいな変態のカスに心配される筋合いはないわ!!」
「そ、そうか……」
変態のカスか……。
なかなかのパワーワードだな……。
美少女が言っているので、どちらかと言えばご褒美ではある。
しかし、今のエレナの迫力には鬼気迫るものがあった。
俺が気圧されていると、彼女はさらに続けて言う。
「ほら、正直に答えなさい! あんたは今、ここで何をしていたの?」
「いや、別に俺は何もしてない。この森にはたまたま入ってみただけだ」
俺は適当に答える。
すると、エレナはジト目で俺を見つめた。
「そんなわけないでしょ! よく見れば、そっちにはあんたの女が2人ともいるし! 地べたに座っているのは、脱走した首領リオンでしょう!?」
「うっ……」
「それに、さっきここで大型魔法の発動を感じたわ! 事情を説明してちょうだい!!」
「ぐっ……それは……」
厳しい追及だ。
もういっそのこと、俺の正体がタカシ=ハイブリッジ男爵であることを明かしてみるか?
いやいや、それは最後の手段だ。
いろいろな意味で声の大きいエレナに正体を明かせば、オルフェスで噂が広まるかもしれない。
ただでさえ、流れでリオンに正体を明かしてしまったのだ。
浄化済みの彼の口は固そうなのでギリギリセーフとしても、これ以上は無理だ。
「返答次第によっては、ただじゃおかないわよ?」
エレナが凄む。
もはや、適当な言い訳で隠し通すことはできそうもないな……。
俺は理知的な話し合いを諦める。
そして、エレナに近づき、彼女を抱きしめた。
「ちょっ……!? 何すんのよ!?」
「黙れ。その口を俺の口で塞いでほしいのか?」
「は、はぁ!? あんた、ふざけるのも大概に――んぷっ!?」
俺はエレナの唇を奪う。
突然のことに、彼女は呆然とした表情を浮かべた。
「むー!? むーっ!?」
エレナがもがく。
しかし、俺は絶対に離さないように彼女の体をガッチリと固定した。
言ってダメなら物理的に口を塞ぐ作戦だ!
やがて、エレナが大人しくなる。
俺はゆっくりと唇を離した。
「はぁ……はぁ……」
エレナの顔が真っ赤だ。
彼女は俺をキッと睨みつける。
このままビンタでも飛んできそうだな。
そう思っていたのだが……。
「こ、これで勝ったと思わないことね! 次に会ったら100倍にして返してやるんだから!!」
エレナはそう叫ぶと、踵を返して走り去っていった。
苦し紛れにやってみた『言ってダメなら物理的に口を塞ぐ作戦』が、なぜか上手くいった。
俺は彼女の後ろ姿を眺めつつ、ホッと胸をなで下ろすのであった。
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