メルビン杯の1回戦の続きだ。
俺とアイリスはそれぞれ1回戦を突破した。
次は、ミティの試合だ。
対戦相手は、レナウ。
ババンと同じく、俺はこの名前を聞いたことがない。
「続きまして、第3試合を始めます! ミティ選手対、レナウ選手!」
司会の人がそう叫ぶ。
ミティがコロシアムのステージに上がる。
対戦相手のレナウと対峙する。
彼は10代前半くらいの少年だ。
「よろしくお願いしますね!」
ミティが元気よくあいさつをする。
緊張などはほとんどしていないようだ。
「よ、よろしくお願いします。……あの、前回のガルハード杯で優勝されていた方ですよね?」
レナウが少し緊張した面持ちでそう言う。
「そうですね! まあ、ちょっと出来すぎな結果だったとは思いますが」
ミティがそう言う。
確かに、出来すぎなところもあった。
まず、優勝とは言っても実質的にはベスト4だ。
防衛戦などとの兼ね合いでガルハード杯が中止となり、参考記録で同時優勝の扱いになったのである。
また、対戦相手の油断や心意気のおかげで勝てた面もある。
1回戦の相手のマーチンは、スピード自慢の選手だった。
うまく彼の油断をついて、ミティがカウンターを決めて勝つことができた。
2回戦の相手のジルガは、筋肉自慢の選手だった。
彼がミティとの正面勝負に付き合ってくれたこともあり、ミティが勝つことができた。
「む、胸をお借りします。悔いのないように全力を出し切ります!」
ミティの対戦相手のレナウは、やや緊張しているようだ。
まあ、ガルハード杯優勝という肩書はなかなかのインパクトがあるしな。
もしミティの試合を直に見たことがあるのであれば、彼女の豪腕も知っているはず。
かなりの脅威を感じていることだろう。
「両者構えて、……始め!」
試合が始まった。
まずはお互いに距離を保ちつつ、様子をうかがっている。
ミティはスキなく構えている。
「……来ないのですか? 骨なしチキンな少年ですね」
ミティが相手のレナウをそう煽る。
彼女は口撃も駆使するタイプだ。
前回のガルハード杯でのマーチン戦やジルガ戦、それに1か月前のメルビン師範との模擬戦。
それぞれ、口撃を駆使して試合を優位に運ぼうとしていた。
純粋な武闘の技術ではないので、好ましい戦法とは思わない人もいるだろう。
俺としては、自分がやられるのは嫌だが、自分がやるのはOKな感じだ。
ミティは俺の妻だし、彼女が他人にやるのはもちろんOKだ。
それに……。
ミティの罵倒。
あれはあれで悪くない気もする。
俺も彼女に言葉責めしてもらいたいかもしれない。
レナウ少年に、変な性癖がつかないことを祈ろう。
「くっ。……せいっ!」
レナウは、罵られて興奮するタイプではなかったようだ。
彼がミティに攻撃を繰り出す。
しかし、あれは良くないな。
ガルハード杯でミティと闘ったマーチンやジルガは、彼女の挑発にあまり反応していなかった。
まあ、マーチンは油断して大技を繰り出したし、ジルガは力勝負にこだわったり、少し甘いところもあったが。
少なくとも、真正面から挑発に乗ることはなかった。
身体能力や技量に加えて、こういう精神面でも実力差は出てしまう。
レナウの攻撃をミティがしっかりと防ぐ。
そして。
「つーかまえた」
ミティがレナウの腕を掴む。
「ぐっ!」
レナウが必死に振りほどこうとするが、ムダだ。
もう遅い。
彼女の豪腕からは逃れられない。
前回のガルハード杯2回戦では、マッスルなジルガが投げ飛ばされていた。
ラーグの街の自宅の風呂場では、俺が身を以て彼女の力を確認した。
ガロル村の淑女相撲大会では、カトレアが投げ飛ばされていた。
ミティの豪腕に対抗できたのは、今のところは3人ぐらいか。
現ハガ王国王妃のナスタシア。
現ハガ王国六武衆のギュスターヴ。
ゾルフ砦のメルビン師範。
ただし、ナスタシアやギュスターヴとミティが力比べをしたのは、5か月ほど前のことになる。
あれからミティはかなりの成長をした。
今なら彼女の腕力が勝るのではなかろうか。
そう考えると、ミティに対抗できるのは”侵掠すること火の如し”を発動中のメルビン師範ぐらいとなる。
そこらの武闘家や冒険者では、ミティの力には対抗できない。
レナウも同じく対抗できないだろう。
「せえぃっ!」
ミティがレナウを力いっぱい投げ飛ばす。
「うわああぁっ!」
レナウは為す術もなく、ステージ外へと飛んでいく。
ドガーン!
彼が、ステージと観客席を隔てる壁に激突した。
あれは大ダメージだろう。
「レナウ選手場外! カウントを取ります! 1……2……3……」
審判が場外カウントを始める。
10カウントがされればミティの勝ちだ。
とはいえ、さすがにこれだけでは勝負は決まらないかもしれない。
ただ投げ飛ばしただけだしな。
大ダメージは負っているだろうし、ミティが大きく有利になったことは間違いないが。
「さあ、まだまだ勝負はこれからです! 私の奥の手を見せてあげましょう!」
ミティがそう叫ぶ。
彼女の奥の手とは、メルビン師範のもとで特訓した”あれ”のことだろう。
ミティの超パワーがさらに強化される、恐ろしい技だ。
俺はあの状態の彼女とは闘いたくない。
良かった………。
壊されるのがレナウで良かった…!!
いや。
まあ、ミティもさすがに相手が壊れるまでの全力は出さないだろうが。
相手のレベルに応じて出力を調整するはずだ。
レナウの実力はどの程度のものか。
大ダメージを負ってしまった以上、出し惜しみはできないだろう。
彼の実力を見せてもらおう。
彼がステージへ復帰してくるのを待つ。
「…………?」
ミティが首をかしげる。
妙だな。
レナウが起き上がってこない。
ミティも困惑顔だ。
その間にも、審判のカウントは進んでいる。
「……8……9……10! 10カウント! レナウ選手の場外負けです! 勝者ミティ選手!」
審判がそう宣言する。
マジか。
あれだけであっさりと終わってしまったよ。
治療魔法士がレナウに駆け寄り、治療魔法をかける。
彼が立ち上がる。
予想以上にダメージは大きかったようだが、重傷というほどでもなかったようだ。
ミティがレナウに歩み寄る。
手を差し伸べる。
「お疲れ様でした。少し暴れ足りませんでしたが……」
「ひぃっ。……い、いえ。いい経験になりました。ありがとうございました」
レナウがビビりながらもミティの手を取り、立ち上がる。
一礼をして、足早に去っていった。
今日の試合がトラウマになっていたりしないよな?
少し心配だ。
ミティがステージからこちらに戻ってくる。
祝福しておこう。
「おめでとう! ミティ!」
「おめでとー」
俺とアイリス、それにモニカとニムでミティを出迎える。
「ありがとうございます! 少し拍子抜けでしたが、勝てて良かったです!」
ミティがうれしそうにそう言う。
今の彼女の実力では、やや物足りない相手だったかもしれない。
暴れたりなかった分は、2回戦以降で発散してもらおう。
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