「お鎮まりください。動くと斬ります」
「…………」
樹影の刀が、俺の首筋に添えられている。
少しでも動いたら……斬られるだろう。
「待て、樹影! 早まるな!! 余の命令に背くつもりか?」
「申し訳ございません。しかし、この者は……危険です」
「余の客だ!」
景春が慌てて言う。
樹影は厳しい顔で俺に刀を押し当てている。
そして、そのまま動かない。
藩主と桜花七侍最古参。
つまり、桜花藩のトップとその右腕だ。
そんな2人の間でも、意見が割れているようだ。
「高志殿、戦闘態勢を解いてくれぬか?」
「断る。お前らは俺の敵だ。それに、刃を首筋に当てられて、戦闘態勢を解くバカはいない」
「……」
樹影は無言だ。
だが、刀に込める力が強くなった気がする。
「待て! 高志殿を斬るな!!」
「お叱りは後で受けます。この者は、景春様に斬りかかろうとしていました。これは反逆罪に該当する行為です。危険人物の排除は、私の最優先任務です」
「……高志殿、もう一度言う。戦闘態勢を解いてくれぬか?」
景春が懇願するように言ってくる。
しかし……。
「断る」
「ならば……死になさい」
樹影の刀が動く。
刃によって傷つけられた俺の首から、大量の血が吹き出す……ことはなかった。
「なっ!? なんと……!」
「刀が……溶けている……?」
景春と樹影が、驚愕の表情で俺の首筋を見ている。
そう。
俺は、天守閣への突入前に『術式纏装・獄炎滅心』を発動していたのだ。
その効果により、俺の全身は超高温となっている。
体が高温になることの恩恵はいくつかあるが、その内の一つが『刀剣類による斬撃の無効化』だ。
斬られるよりも先に刃を溶かせば、その攻撃は俺に届かない。
「ふん……。覚悟はできているんだろうな? 樹影とやら」
「何?」
「俺を殺すつもりで刃を振るったんだ……。殺されても文句は言えんぞ?」
「くっ……!!」
樹影が溶けた刀を投げ捨てる。
そして、素早く俺から距離を取った。
その動きは悪くない。
「報告は聞いていましたが……。まさかこれほどまでに出鱈目な力とは……」
「樹影! 余は、高志殿に手を出すなと命じたはずだぞ!!」
景春が叫ぶ。
いつまで日和ったことを言っているのか。
ギリギリで話が通じる奴なのかとも思ったが、見込み違いらしい。
こいつはただ、現実が見えていないだけだな。
手を出す・出さないなどという局面はとうに通り過ぎている。
「景春様! これ以上の譲歩は無用にございます!! あの男を生かしておいては……桜花藩が滅びます!!」
「滅ぶ? 人聞きが悪いな……。お前らの行為が招いた結果だ。それに、お前らにとって一つだけ良い知らせはあるぞ」
「何……?」
「お前らを排除して俺が藩主になった後も、桜花藩の名前は残してやる。感謝しろ」
「なっ!?」
俺の宣告に、景春が驚愕の表情を浮かべた。
そして、樹影が一歩前に出る。
「戯言を……。刀による攻撃が通じないことには驚きましたが、私には『血統妖術』がございます」
「ほう? 『血統妖術』か……」
俺は興味深げに、樹影を見る。
紅葉から、そういったものの存在だけは聞いたことがある。
習得難易度が高く、実質的に限られた血筋の者にしか扱えない特殊な妖術だ。
樹影はそれを使えるらしい。
桜花七侍の実質的な筆頭を務めているその力、見せてもらおうか。
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