メルビン杯の続きだ。
昼休憩が終わり、今から2回戦が始まろうとしている。
「お待たせしました! 2回戦第1試合を始めます! タカシ選手対、アイリス選手!」
司会の人がそう叫ぶ。
俺はコロシアムのステージに上がる。
対戦相手のアイリスと対峙する。
まだ試合開始の前だ。
お互いにリラックスして立っているだけだ。
そのはずだが、彼女の立ち姿には貫禄のようなものが感じられる。
「さっきも言ったけど。いい試合をしようね。タカシ」
「ああ。お互いに悔いの残らない試合をしよう。……ところで、昼食のときに言いかけていたことはなんだ?」
「そのことね。うん。……思い切って言うよ」
アイリスが改まった顔でそう言う。
「この試合ではボクが勝つ。そして、大会で優勝できたら……」
アイリスが一呼吸置く。
彼女が意を決したような顔をして、言葉を続ける。
「……私を、タカシさんのお嫁さんにしてください」
「!」
アイリスからの思わぬ申し出だ。
いや、思わぬと言うと言い過ぎか。
忠義度が50を超えて加護の対象になっている時点で、友好度はかなりあるわけだしな。
思い返せば、アイリスとの付き合いも結構長い。
彼女と出会ったのは、5月の後半ぐらいだった。
今日は11月25日。
半年ほどの付き合いとなる。
「ああ。俺としては大歓迎だ。断る理由はない」
アイリスは、武闘神官見習いとして各地を巡っていた。
困っている人を助ける優しい心を持っている。
このゾルフ砦の防衛戦や、その後の潜入作戦にも参加していた。
また、ガロル村でのミドルベア戦やヘルザム戦でも、彼女の力にはお世話になった。
彼女は向上心が強い。
日々、武闘の鍛錬を続けている。
また、操馬術など新たな技術の習得にも余念がない。
ミティとの仲も良好だ。
ミティを疎かにするわけではないが、アイリスと結婚しても問題はないと思う。
この国では一夫多妻が認められているからな。
「ほんとう? うれしい! ボク、がんばって優勝するよ」
彼女の口調がもとに戻っている。
この普段の口調もかわいいし、あの改まった丁寧な口調も新鮮でかわいかった。
「男に二言はない。ただし、そういうことなら俺からも条件がある」
俺は改まった口調でそう言う。
「条件?」
「この試合で俺が勝ったら、アイリスには俺のお嫁さんになってもらう」
俺はビシッとそう言う。
「え? それってつまり……」
「そういうことだ。アイリスと結婚するためにも、この試合は勝たせてもらうぞ!」
「わかった。ボクも、タカシと結婚するために、まずはこの試合に勝たせてもらうよ!」
俺とアイリス。
試合前の決意をそう言葉にする。
「あのー。そろそろ試合を始めてもよろしいでしょうか?」
審判がおそるおそるといった感じでそう言う。
しまった。
ここはステージの上じゃねえか。
「あ、ああ。すいません。だいじょうぶです」
俺はそう返答する。
「ヒューヒュー! 兄ちゃん、やるじゃねえか!」
「お幸せにねー」
観客席からそう声が飛ぶ。
観衆の中での公開プロポーズをしてしまった。
かなり恥ずかしい。
「アイリスさん! がんばってください! 応援しています!」
ミティが声援を送ってくれている。
彼女が俺とアイリスの結婚に猛反対していなくて一安心だ。
さて。
気を取り直して、俺とアイリスは試合開始に備える。
審判の目つきが変わる。
「両者構えて、……始め!」
試合が始まった。
「聖闘気を使う時間は与えない! 先手必勝だ!」
俺はそう言って、アイリスに駆け寄る。
「くらえ! 砲撃連拳!」
俺がアイリスに教えてもらった聖ミリアリア流の技だ。
パンチの連撃がアイリスを襲う。
「甘いよ! ほいっと」
俺の連撃を、アイリスが軽くいなす。
彼女の技量はかなりの水準だ。
格闘術レベル4に加えて、器用強化のスキルも伸ばしているしな。
まだまだ。
次の攻撃だ。
「ワン・エイト・マシンガン!」
俺はさらに蹴りの連撃を放つ。
この1か月の鍛錬により、数を増やすことに成功している。
「……そこ!」
アイリスが俺の蹴りを見切った。
彼女が俺の足を掴む。
「せえいっ!」
アイリスが俺をステージの端まで投げ飛ばす。
俺は受け身を取り、体勢を立て直す。
ダメージは少ない。
しかし。
「聖闘気、迅雷の型」
アイリスの聖闘気の発動を許してしまった。
マズイぞ。
俺も急いで、闘気を高める。
「剛拳流、疾きこと風の如し」
メルビン師範から教わった、風林火山の”風”の型だ。
「スピード勝負だね。いくよ、タカシ」
「こい! アイリス!」
シュッ。
シュバババッ。
お互いが超高速移動で攻防を繰り広げる。
俺もアイリスも視力強化レベル1を取得済みなので、お互いの動きも捉えることができる。
「な、なんだあの2人の動きは!」
「動きが見えないぞ! すげえスピードだ!」
「ガルハード杯……。いや、ゾルフ杯でも上位を狙えるレベルじゃないか!?」
観客席からそういった声が聞こえてくる。
確かに、今の俺たちの武闘戦闘能力はかなりの水準だと思う。
ガルハード杯でも安定して上位を狙えるだろう。
ゾルフ杯のレベルはよく知らないが。
「やっぱり、迅雷の型だけではタカシは倒せないね。こっちも発動するよ。聖闘気、豪の型」
アイリスがそう言って、聖闘気の型を追加で発動する。
これで、彼女はスピードに加えて攻撃力も高まった。
「はあっ!」
アイリスが掛け声とともに仕掛けてくる。
速い。
それに、フェイントを織り交ぜてくる。
右。
いや左。
やっぱり右か!
「ぐっ」
アイリスの高速のフェイントに、俺は対応し切れない。
有効打をもらってしまった。
重い攻撃だ。
アイリスの器用さを活かしたフェイント。
加えて、スピードとパワーも高水準。
「……強いな、アイリスは。俺に勝ち目はないかもしれない」
「ま、タカシのおかげでもあるけどね。それで、降参してくれるの?」
アイリスがそう言う。
彼女が強いのは俺のステータス操作の恩恵もあるが、彼女自身の努力も大きい。
「降参する前に、俺の全力を出し切りたい。俺の最強の防御をアイリスが貫けるか、勝負しないか?」
「いいよ。それでタカシの悔いが残らないのなら」
アイリスの了承を得ることができた。
俺はさっそく、防御のために闘気を集中させていく。
「剛拳流、動かざること山の如し。”鉄心”」
これが、今の俺の最強の防御だ。
風林火山の”山”の中でも、少し上位の型である。
「それでいいんだね? タカシ」
「ああ。全力できてくれ。アイリス」
「もちろん。ボクの全力をぶつけるよ。聖ミリアリア流奥義……」
アイリスがこちらに駆け寄ってくる。
「豪・爆撃正拳!」
「…………!!!」
アイリスのパンチが俺にヒットする。
俺の闘気の防御により威力は減退しているはずだ。
しかし、それでも十分に重い打撃だ。
痛い!!
いやこれは………。
かなり痛い!!
パンチの衝撃で、俺はステージ上を滑るように吹き飛ばされる。
何とか、足はステージについている。
まだ俺は立っているぞ。
耐えきった。
試合には負けるだろうが、この攻防の勝負は俺の勝ちと言っていいだろう。
男としての最後の意地を見せることができた。
「アイリス。俺の勝……」
俺は勝利宣言をしようとするが。
途中で口が回らなくなる。
そのまま、俺はステージに倒れ込み、意識を失った。
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