「繰り返しになるが、事情が変わったのだ」
侍の声は穏やかだったが、その声音には鋼のような重みがあった。
表情に浮かぶ感情はほとんど見えず、それゆえに、その静かな語調に宿る覚悟はかえって明瞭だった。
私情を捨て、公の重責を引き受けた人間の声音には、戦の気配にも似た静謐な圧が宿る。
「詳しく話しなさい。内容によっては、『業火の試練』とやらを受けてあげるわ」
ユナの声はあくまで軽く、けれど芯の強さを帯びていた。
彼女の目は真っ直ぐ侍を射抜くように向けられていたが、その奥に浮かぶ色は好奇と、微かな計算。
仲間たち――ミリオンズの面々の安否は確かに頭の片隅にある。
けれど、深くは憂えていない。
あの者たちは、ただの寄せ集めではない。
それぞれが名を上げた冒険者であり、生存を信じられるだけの理由がある。
神とやらの加護。
それが本当に手に入るものであるならば、試練に身を投じることも無駄ではないだろう。
ここで力を得ておけば、いずれ再会した時、より多くを守れる。
合流が多少遅れたとしても、己が力を増しているのであれば、その後にこなせる任務の質と幅が広がるメリットもある。
「最も懸念すべきは、内海を隔てた先にある東の桜花藩だ。元より経済的には厄介な藩だったのだが、軍事的には友好関係にあった。しかし、それが最近になって豹変したのだ。どこぞの馬の骨が、藩主を討ち倒して新藩主に就いたらしい」
話す侍の眉間には、深く刻まれた皺が影を落としていた。
内政に明るく、兵の動きには慎重だったはずの藩が、まるで獣に変じたような態度の急変。
得体の知れぬ“馬の骨”が頂点に立ったという事実が、平穏の瓦解を告げる鐘のように響いた。
「ふーん。ま、戦国の時代だって聞いているし、強い人が君臨するのは当然のことよね。……で? その程度の事態にも、私みたいな余所者に頼らないと解決できないの? 情けないわね」
皮肉めいたユナの言葉は、半ば本気、半ば挑発。
けれど、侍はそれに動じる様子もなく、むしろ自嘲するように、口元にわずかな笑みを刻んだ。
「無論、我らも座視するつもりはない。北の華河藩と血の同盟を結び、防衛力を強化しようとした。先方の藩主次女とこちらの藩主次男で、話はまとまりつつあった。だが――」
「だが?」
言葉尻を食い気味に問い返すユナ。
空気に微かな緊張が走る。
だが、返ってきた答えは想像を裏切るほど呆気なかった。
「奴らめ、急に話をなかったことにしおったのだ。なんでも、うどんを大切にしたいとか、うどん料理を極めたいとか言っておったが……。まったく、うどんのことしか考えておらぬ単細胞どもめ。華河藩ではなく、うどん藩にでも改名したらどうだ」
「うどん、ねぇ……」
思わず漏らしたユナの言葉には、わずかな脱力が混じっていた。
どうやら華河藩では、その“うどん”なる料理が異常なまでに重んじられているらしい。
料理一つで国家の外交方針が変わるとは――苦笑を堪えつつ、彼女の脳裏に一人の女性の顔がよぎる。
それは、食いしん坊の仲間、リーゼロッテの顔だった。
彼女なら、そういう土地に来たら帰らなくなるかもしれない――。
そんなことを考え、思わず口元が緩む。
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