四神地方、紅炎藩(こうえんはん)――。
「はぁ……。いったい、どういうつもりよ?」
呆れと苛立ちを込めて吐き捨てるように言った少女の声は、静寂な大広間に不釣り合いなほど鮮やかに響いた。
目の前に並ぶのは、額を畳にこすりつけるようにしてひれ伏す数人の侍たち。
剃り上げた頭皮に滲む汗が、床にぽつり、ぽつりと落ちていく。
どの顔も土色をしており、侍の誇りなどどこへやら、懇願の気配だけがその場を支配していた。
「すまぬ……。事情が変わったのだ。例の試練を受けてはもらえぬだろうか?」
先に口を開いたのは、白髪混じりの壮年の武士。
彼は紅炎藩の重鎮だ。
顔には戦場を生き抜いてきた者特有の傷跡が走り、言葉の端々にどうしようもない焦燥が滲んでいる。
そんな彼の願いに対する答えは、冷たいものだった。
「あんたたちの事情なんて、知ったこっちゃないわよ」
少女は侍たちを睨みつけるように見下ろし、赤く長い髪をかき上げた。
燃え立つような髪色はこの紅炎の地においても際立っていて、まるで彼女の怒気を映しているかのようだった。
だが、彼女の反応にひるむことなく、別の若い侍が言葉を継いだ。
「そこを何とか……。このまま問題を放置すると、四神地方の勢力図が乱れ……やがては大和連邦全体を巻き込んだ大戦乱になる恐れがあるのだ」
声は震えていた。
責務と恐怖、あるいは良心の呵責。
すべてが混じったその言葉は、単なる政治的な策略以上の重みを帯びていた。
「はぁ?」
少女の返答は短く、そして鋭い。
彼女は組んだ腕を解くこともなく、ただ一歩、音もなく前に出た。
その動きに、一瞬だけ侍たちの背筋がこわばる。
「……我らは武士。戦いに死ぬ覚悟はできておる。だが、大戦乱になれば、無辜の民にまで多大な被害が及ぶ。それは避けねばならぬ」
重く、低い声だった。
嘘偽りのない、その言葉。
少女の視線がわずかに揺れた。
短く息を吸い、そして彼女は口を閉ざす。
「…………」
沈黙が広がる。
その無言の奥で、少女の中に小さな葛藤が芽生えつつあった。
火のように奔放で、山野に生きる狼のように自由な彼女にとって、他人の事情など本来は関係のないものだ。
だが――その瞳の奥には、確かに『人の苦しみ』に対する同情心が見えた。
侍たちはそれを見逃さない。
機を逃さず、さらに言葉を重ねる。
「これは夕奈(ゆな)殿にも利のあることだ。業火の試練を突破すれば、大和神の一柱から多大なる恩恵を受けることができるのだぞ」
火のように熱い言葉。
揺れる感情の火種に、追い打ちをかけるような甘言。
夕奈と呼ばれた少女は一度だけ目を細め、眉を寄せた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!