「ふふ……。昨日はたくさん鍛錬した……。今日も楽しみ……」
武神流の少女――桔梗は、嬉しそうに呟く。
今は朝だ。
もう少ししたら、門下生の高志がここにやってくるはずだ。
彼女はどんな修行をしようかと、胸を躍らせている。
「入門料……たくさん払ってもらえた。お爺ちゃんの治療費も何とか払える……。私が頑張って道場を守らないと……」
桔梗は武神流師範代だ。
師範だった祖父は、2か月前に道場破りに破れて大怪我を負い、今も治療中である。
その治療費はバカにならない。
そんな中、追い打ちをかけるように門下生が次々に離れてしまった。
「でも、高志くんはいい人……。きっと強くなれる……」
高志は、かなりの手練れだ。
素晴らしい身体能力と、実戦的な剣技を併せ持つ。
強いて言えば、剣術の大部分が我流で荒削りなことが気になるが……。
だが、それも武神流の教えを根気強く受ければ、必ず改善されるだろう。
「高志くんと修行するのが楽しみ……」
桔梗は嬉しそうに呟いた。
祖父が大怪我をしたというだけでもショックな出来事だったが、落ち込む暇もなく彼女は道場の師範代になった。
その重圧は、決して軽いものではない。
そんな彼女にとって、高志の存在は救いだった。
彼と一緒に修行すれば、自分自身もきっと強くなれる。
そう思わせてくれる高志が来てくれて……本当に良かったと思う。
「早く来ないかな……」
桔梗は道場の窓から外を眺める。
そして、しばらくして――
「……! 来た」
桔梗は顔を上げる。
道場の出入り口の方向から、物音が聞こえてくる。
いつもは無表情な彼女の表情が、わずかに緩んだ。
彼女は待ちきれず、道場の扉を開ける。
「おはよう、高志くん――えっ……!?」
「おやおや、これはこれは……。お出迎えとは、ご苦労なことですねぇ……」
道場に、5人ぐらいの男がニヤニヤ笑いながら入ってきた。
全員、木刀を帯刀している。
「な……何?」
「いえね? 落ちぶれた武神流の見物に参った次第です」
「っ!!」
桔梗は息を呑む。
5人の1人――リーダー格の男が、彼女の全身をジロジロと見ながら言う。
「武神流も終わりですねぇ……。師範が大怪我をしているのは知っていますが、その代理がこんな子どもとは……」
「むぐ……!」
桔梗はムッとする。
確かに自分はまだ12歳だが、師範の娘として厳しい鍛錬を受けてきた。
そんな言い方をされると、さすがに腹立たしい。
「師範代は子どもで、しかも女。本来の師範は、大怪我でしばらく戻ってこない。門下生が離れていくのも当然ですよねぇ」
「っ!!」
桔梗は顔を真っ赤にする。
自分でも気にしていたことを、改めて他人に言われると……さすがに傷付いた。
「こんな道場の看板、さっさと下ろしてしまえばいいのです。そうだ、娼婦になればいかがです? まだ幼いとはいえあなたも一応は女ですし、もの好きが買ってくれるかもしれませんよ?」
「ふ、ふざけないで……! 武神流の誇りはそんなに安くない……!!」
桔梗は首を振る。
先祖代々、必死に守ってきた伝統ある看板なのだ。
そう簡単に看板を下ろすことなどできない。
「ほう? では、武神流の誇りとやらを懸けて、私と勝負していただきましょう。それとも、尻尾を巻いて逃げますか?」
「……分かった。望むところ……」
男が、ニヤニヤと笑いながら言う。
桔梗は覚悟を決めた。
こんな道場破りたちなど、この武神流の敵ではない。
「ふふふ……。楽しい楽しい、弱いものいじめの時間ですよぉ。安心しなさい、顔や体に傷は付けません。娼婦になる道は残してあげます。ただ、武神流の誇りとやらだけはズタズタにしてあげましょう。ふはははは……!」
「……」
桔梗は木刀を正眼に構えた。
5人のリーダー格の男も、木刀を手にする。
勝負の行く末は――
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