翌朝――。
「ふふ、昨晩はお楽しみだったようだね?」
宿屋の店員にそんなことを言われてしまった。
どうやら、声が漏れてたらしい……。
いや、うん……仕方ないだろ?
2人の美少女と一緒に一夜を明かしたんだから……。
「まぁね。おかげでぐっすり眠れましたよ」
ここは正直に答えておくことにする。
下手に隠して詮索されても面倒だしな。
「へへっ。一晩で二人も相手するなんてやるじゃないか! 見かけによらず性豪なんだな!」
「……別にそういうわけでもないんですけどね」
苦笑しつつ、そう返す。
とはいえ、客観的に見ればそうなるのか……?
「謙遜すんなって! ここは安宿だけど、防音には気を遣ってんだ! 普通の声量じゃ、聞こえないはずなんだよ。それなのにお嬢ちゃんたち二人の声が聞こえたってことは、相当――」
「すみません、そこまでにしておいてもらえますか」
俺は慌てて彼の話を遮り、強引に話題を変えることにした。
このセクハラ親父め。
モニカとニムが顔真っ赤にしてるじゃないか。
戦闘能力が高い彼女たちは、度胸もある。
しかし、こうしたセクハラには慣れていないのだ。
「おっと、すまなかったな! いずれにせよ、くつろげたのなら何よりだ。少し割引きしてやるよ! 今度来るときにもぜひ泊まってくれよな!」
そんなやり取りをしつつ、俺たちは会計を済ませる。
そして、宿屋を出ようとするが――
「ああ、そうそう。昨日も言ったけど、この街にもオルフェスのマフィアが手を伸ばし始めているんだ。気をつけておくんだよ」
店員に再度注意された。
「忠告ありがとうございます。気をつけることにしますよ」
俺は店員に礼を言って、その場を後にした。
その後、俺は街の中を歩いていき、とある建物の前で立ち止まる。
そこは馬車の停留所だった。
一般人が馬車で移動したいときは、こうした施設で馬車を探すのである。
「ここを利用するのは初めてだな……」
領主である俺は、自前の馬車を持っている。
普段はもちろんそれを利用する。
また、馬車を持っていなかったとしても、冒険者には他に移動手段がある。
行商人や隊商の護衛依頼などを受注すれば、実績を積みつつ移動ができるのだ。
しかし、今回は事情が異なる。
今回の旅路においては、あまり目立つ行動をしたくない。
そこで、一般人が利用するような交通機関を使うことにしたというわけだ。
「さてと。オルフェス行きの馬車はあるかな……?」
俺が停留所の中を見渡すと――
(おっ!?)
ちょうど、そろそろ出発しそうな幌付きの荷馬車が目に入った。
乗客らしき者たちが何人かいるものの、まだ席は空いているように見える。
これ幸いとばかりに、そこに近づいていく。
「――すみません、この馬車ってどこまで行きますか?」
御者に尋ねてみる。
「あぁ? なんだお前……? 行き先を聞いてどうする気だよ?」
いきなり現れた俺に不信感を抱いたのか、彼は怪訝そうな顔をする。
それにしても、無愛想な男だ。
「いえ、せっかくなので乗ってみようかと思いまして」
「ふん。これはオルフェス行きだが……」
「ならばぜひ俺たちを――」
「あいにくだけどよ、もう満員なんだよ」
そう言って、御者は首を横に振る。
満員なら仕方ないか……。
しかし、見た感じ空席はまだいくつかあるように見える。
「あの、それならあそこの席とか空いてますよね?」
俺は指差して尋ねる。
そこには誰も座っていないように見えたからだ。
「あれは予約済みなんだ。おら! 分かったらとっとと失せな!」
断られてしまった。
……やれやれだな。
ここまで乱雑にあしらわれると思っていなかった。
思わずため息が出そうになるが、グッと堪える。
俺から男爵やBランク冒険者の地位を取り除けば、こんなものだ。
服装も粗雑なものを敢えて着ているし、見た目や雰囲気から舐められても仕方がないだろう。
上手く一般人に溶け込めていると、前向きに捉えることにしようじゃないか。
「……分かりました。お忙しい中すみませんでした」
俺は一礼する。
馬車は何もこの一台だけではないので、他のものに乗ればいいだけの話だ。
とりあえず、次の便が来るまで待つとしよう。
そう思って踵を返すと、不意に声をかけられた。
「おい兄ちゃん、待ちなよ」
振り返ると、そこにいたのはいかにもガラの悪い男だった。
歳は40代くらいだろうか?
無精髭を生やしており、やや小太り気味で薄汚れた格好をしている。
身なりだけ見ればただのチンピラだが……こいつは只者じゃないな。
冒険者で言えば、Cランク以上の実力がありそうだ。
腰に下げている剣はかなりの業物に見えるし、佇まいからも相当な実力者であることが窺える。
「はい? なんでしょうか?」
内心警戒しつつも、平静を装って返事をする。
すると男はニヤリと笑ってこう言った。
「お前、俺の席を奪おうとしてたんだろ? 御者とのやり取りを見てたぜ」
「……はぁ?」
一瞬、何を言われているのか分からなかったが、すぐに理解する。
先ほどの馬車にあった空き席。
それは、このチンピラのための予約席だったらしい。
「人のモンを取ろうとするなんていい度胸じゃねぇか!」
「いえ、取ろうなんて滅相もない! ただ尋ねただけです」
慌てて否定する俺。
俺が本気を出せばワンパンで倒せるだろう。
しかし、オルフェスへ到着して隠密小型船に乗り込むまでは、騒ぎを起こすわけにはいかない。
穏便に済ませたい。
だが、男はなおも詰め寄ってくるのだった。
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