時は少しだけ遡る。
タカシが桜花藩で暗躍している頃――
大和連邦『中煌地方』の『不死川藩(ふしかわはん)』のとある村は、苦境に立たされていた。
「くそっ! 妖獣どもめ……!!」
「最近は特に数が増えてきたな……」
「ああ。俺たちみたいな小村は、奴らにとっていい餌場ってわけさ」
「今回は何とか撃退できたが、いつまで耐え凌げるか……」
村人たちが不安を口にする。
大和連邦における『妖獣』は、サザリアナ王国などにおける『魔物』とほぼ同義語である。
低級少数の妖獣が相手ならば、そこらの村人でも撃退することは難しくない。
しかし、数が増えてくると脅威だ。
「すまんのぅ……。儂が現役だったら、あんな奴らは……」
「爺さん、もう気にするな。確かに爺さんは元侍だが……戦で負った傷が原因で引退したんだろ?」
「そうさな……。まったく、『不死武士隊』の名が聞いて呆れるわい……」
老人が自嘲気味に笑う。
彼はかつて、不死川藩で最強と謳われた武士集団『不死武士隊』に所属していた。
しかし、ある日の戦いで膝に矢を受け、現役を退き小村で余生を過ごしているのだ。
「お、おーい! 大変だ!」
「ん? どうしたんじゃ?」
村の若者が慌てた様子で走り寄ってくる。
老人は怪訝な表情を浮かべて聞き返す。
「か、川だ! 妖獣にやられた傷を洗いにいったら……川に……!!」
不死川藩の特色は、その中心を縦に流れる大きな川があることだ。
川の名前は不死川。
数多くの伝承が残る、有名な川である。
その支流にもそれぞれ名前が存在するのだが、住民たちは支流も含めて広い意味で不死川と呼ぶことが多かった。
この村の近くにも、不死川が流れているらしい。
「なんじゃ? また別の妖獣でも出おったか?」
一口に妖獣とは言ったが、様々な種類がある。
大きさも種類もバラバラで、弱いものから強いものまで様々だ。
「違うんだ! 川の中洲に……人みたいな鳥? いや、鳥みたいな人……? とにかく、見慣れない奴がいるんだ!」
「ははぁ、なるほどの」
興奮する若者に対し、老人が納得したように頷く。
彼は若者よりも広い世界を知っていた。
「それは、おそらく獣人の一種じゃろうな」
「獣人? 話には聞いたことがあるが……主な違いは耳とかだろ? そんな小さな違いじゃなかったぞ!」
「獣人とは言っても、いろいろあるんじゃ。鳥系の獣人には、儂も遭ったことはないがの」
大和連邦は鎖国国家である。
藩という小国家の集合体でもあるため、それぞれの施策に様々な差異はあるが……。
他国からの人の出入りを厳しく制限している、という点は共通している。
獣人やエルフといった種族が新たに流入してくることはない。
そういった種族は、同族で固まった辺境の村、あるいは大きな城下町に少数いる程度である。
「物珍しい種族を見た……。話はそれだけで終わりかの?」
「ち、違う! それだけじゃない! 俺の……この手を見てくれ!」
若者は手を前に突き出し、腕を見せる。
そこには、妖獣の爪痕がくっきりと残っているはずだったが……。
「む? 傷が消えておる……?」
「ど、どういうことだ!?」
老人が首を傾げる。
周囲の村人たちも困惑した。
「その獣人のおかげだよ! ほら、噂に聞く……治療妖術ってやつだと思うぜ!」
「ほう? お前さんの傷は、決して浅くはなさそうじゃったが……」
「ああ。でも、その獣人の妖術のおかげで、もうほとんど治っているんだ!! 治療妖術って凄ぇんだな!!」
「…………」
老人が押し黙る。
だが、その表情は険しかった。
「どうしたんだよ? そんな顔をして……」
「いや……」
治療妖術といっても、万能ではない。
かつて『不死武士隊』に所属していた彼は、そのことをよく理解していた。
「一度、その獣人とやらに会ってみるかの」
「ああ。みんなで行こうぜ! 優しそうな子だから、きっと歓迎してくれるさ!」
「……子? ……まぁよい。会ってみれば分かるじゃろう」
「ああ。行こう!」
村人たちが頷く。
こうして、彼らは不死川に向けて歩き始めたのだった。
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