俺はエレナに『温泉旅館1か月無料券』を3枚プレゼントした。
だが、さすがに奮発し過ぎたようだ。
なぜ『Dランク冒険者タケシ』がこんな無料券を持っているのか、怪しまれてしまっている。
「偽物だと白状するなら今のうちよ? 今なら、半殺し程度で勘弁してあげるわ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! その無料券は間違いなく本物です!!」
「なら、どうやって手に入れたって言うのよ? リンドウに立ち寄っただけでホイホイもらえるわけないでしょ。ほら、早く言いなさい! 言わないと、本当にボコボコにしてやるわよ!?」
エレナが剣呑な目つきで睨みつけてくる。
せっかく、良かれと思って無料券を渡したのに……。
どうしてここまで攻められなきゃならないんだ。
少しばかり腹が立ってきたが、グッと堪える。
決してエレナの性格が悪いわけではない。
彼女から見た俺は、『三日月の舞がダダダ団に捕まって大変だった日の翌朝、のんきに海岸線を歩いていた万年Dランク冒険者』なのだ。
そんな奴が『温泉旅館1か月無料券』を渡してきたら、怪しいに決まっている。
むしろ、警戒しつつも一応は受け取ってくれているだけマシと言ってもいいだろう。
「エレナさん……。俺はですね……。実は――」
俺は覚悟を決めた。
エレナとルリイに、俺の本当の身分を告げることにしたのだ。
この俺こそが憧れのハイブリッジ男爵だと知れば、いろいろと捗る。
彼女たちを新たなハーレムメンバーとして…………。
いや、やっぱりダメだ!
「俺の名前は、タケシって言うんですよ」
「はぁ? そんなこと知ってるわよ! まったく、あの偉大なるタカシ様と一文字違いなんて、恐れ多いわね! ……で、それがどうしたの?」
「いや、その一文字違いが縁となりましてね。珍しいこともあるもんだってことで、『温泉旅館1か月無料券』を何枚かもらったんですよ」
「……ふーん。なるほどね。ま、偉大なるタカシ様なら、些細な共通点を理由にDランク冒険者へ施しを与えるってことも、十分あり得るわね……」
エレナの表情から険が取れていく。
俺はホッと安堵の息をついた。
よしよし……なんとか誤魔化せたな……!
「わかったわ。あんたを信用して、私たち『三日月の舞』はリンドウに向かうことにする」
「本当ですか!?」
「えぇ。温泉旅館っていうのにも興味があるからね。それに、この券を使ってタダ同然で泊まれるんでしょう?」
「もちろんです! ぜひ、ゆっくり羽を伸ばしてください!!」
俺は満面の笑みを浮かべた。
有望で美しい冒険者がリンドウに来てくれるのは、とてもありがたい。
俺はヤマト連邦の件で、しばらくリンドウに帰れないのが残念だが……。
ま、任務が終わったらまた帰ることになるわけだし、その頃に改めて親睦を深めればいいだろう。
身分を秘密にしておく理由がなくなれば、この俺の正体を明かすことになる。
格下だと思っていた『Dランク冒険者タケシ』の正体が『タカシ=ハイブリッジ男爵』である――。
その事実を彼女が知った時の反応が楽しみだ。
特に、タカシの厄介系オタクっぽいエレナの反応が面白そうだ。
ルリイはどうかな……?
エレナほどではないが、新興貴族であるハイブリッジ男爵のことは評価していそうな口ぶりだった。
――俺がそんなことを考えているときだった。
「ふふふー。ありがとー、タケシさん」
むにゅっ。
ルリイが俺の腕に抱き着いてきた。
「えっ?」
「わたしたちのために、こんなに良くしてくれるなんてー。うれしいなー」
「ま、まぁこれくらいは……」
ゆるふわ系の雷魔法使いルリイ。
その柔らかな胸部の感触にドキドキしてしまう。
「ふふふー。あの無料券、欲しがる人はたくさんいると思うよー? 温泉旅館っていうのがどんな宿屋なのか次第だけど、単純に1か月泊まれるってだけでも金貨数枚分の価値はあるよねー?」
「あぁ……確かにそうですね。それに、温泉やその他にも素敵な施設が併設されているそうですから、もっと価値が上がると思います」
「うんー。だから、そんな素敵な無料券をくれたタケシさんには感謝しかないよー。これは、ご褒美をあげないといけないかもー?」
ルリイが俺を見上げながら微笑んできた。
「ご、ご褒美……ですか?」
「そーだよー。なにがいいかなー? なにが欲しいー?」
可愛い。
それに、いい香りがする。
この人……ゆるふわ系ののんびり屋さんだと思っていたが……。
3人の中で一番積極的というかグイグイ来るタイプかもしれない。
自分が可愛いということを理解してやがる……。
俺としては嬉しい限りだが……さて、どうしたものか……?
「うーん……。急に言われても思いつかないですね……」
「そっかー……。じゃあ、とりあえずこれにしとくねー」
「これ? ――お、おおぉっ!!」
ルリイが俺の腕に、より強く胸を押し当ててきた。
至福の時間だ。
というか、めちゃくちゃ柔らかい……!!
(我が人生に……一片の悔いなし!!!)
こうして、俺は思わず天へと昇りそうになるのだった。
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