ラーグの街を出発して、およそ1週間後――。
俺、モニカ、ニムの3人は、ゾルフ砦に到着した。
ここまで乗せてくれた馬車の御者に別れを告げ、3人で街に入る。
「こ、ここに来るのも久しぶりですね……」
ニムが物珍しそうにキョロキョロとしている。
彼女が前回ここを訪れたのは、小規模な武闘大会に出場したときだな。
あれは1001年の12月頃だったはずだ。
今は1003年の12月。
およそ2年ぶりとなる。
「懐かしいね。あのときはまだ、タカシと結婚していなかったんだっけ」
「ああ、そうだったな。メルビン杯でアイリスが優勝したのをきっかけに、俺とアイリスが結婚したんだ。モニカと結婚したのは……そこからさらに半年後ぐらいだったはずだ」
俺たち3人は、思い出話に花を咲かせる。
しかし、それも束の間のことだった。
「――おい、そこのお前たち! そこで何をしている!?」
衛兵と思しき兵士がこちらに槍を向けているのが見えたからだ。
「俺たちはラーグから来た冒――じゃなくて、ただの旅人です。観光のために来ました」
俺は兵士に対し、恭しく一礼する。
本来であれば、フードを取り去って俺の素性を明かすところである。
男爵という身分、あるいはBランク冒険者という立場があれば、衛兵もあっさりと引き下がるだろう。
しかしながら、今回はそれをしない。
俺がオルフェスへ向かっているのは極秘事項だからである。
道中のゾルフ砦であっても、余計な騒ぎを起こすわけにはいかないのだ。
「ふん……。こんな時期に観光とは呑気なことだな。まあいいだろう。マフィアとは無縁そうな顔だしな。入るがいい」
俺の言葉に納得したのか、それとも単なる気まぐれか、門番の兵士はそう言って道を開けた。
「ありがとうございます」
俺は再度礼を言い、門を通過する。
無事に通過できたことに安堵していると、後ろから声をかけられる。
「……ん? 待て、お前……」
「……何か?」
「どこかで聞いたことのある声だ。お前、フードを外して顔を見せろ」
どうやら勘付かれてしまったらしい。
仕方ないので、言われた通りにフードを外す。
「……ふむ。気のせいだったか……。すまない、引き止めて悪かったな」
そう言って、兵士たちは再び仕事に戻る。
よし、上手く誤魔化せたようだな。
俺は今回の旅路において、深めのフードを被り顔を隠している。
だが、声までは隠せない。
男爵家当主である俺の声はそれなりに認知されているのだが、それでも即座に確証を持たれるほどではない。
フードを外しても、俺の幻惑魔法で顔の雰囲気を変えればこうして誤魔化すことができるというわけだ。
俺、モニカ、ニムは、門を通り過ぎて街中を歩いて行く。
「危なかったねぇ。まさか呼び止められるとは思わなかったよ」
モニカが小声で話しかけてくる。
「俺もだよ。危うくバレるところだったな」
「でも、バレなくてよかったです……!」
ニムも安心した様子で胸を撫で下ろす。
ちなみにだが、モニカとニムももちろん変装している。
彼女たちは帽子を被り、メガネをかけているのだ。
――個人的な好みの話をすると、俺はメガネっ娘も好きだ。
メガネっ娘と言えば、読書家や大人しい文学少女といった印象を持つ者が多いかもしれない。
実際、そういう側面もあることは否定できないし、そういった属性を好む層がいることも理解しているつもりだ。
ただ一方で、俺の性癖としては『パッと見はメガネが似合いそうにない活発な少女がふとした瞬間に見せるメガネ姿』が好きだ。
つまり何が言いたいかというと、モニカのメガネ姿は控えめに言って最高ということだ!
ニムのメガネ姿も負けず劣らず可愛いが。
「さてと……まずは宿を確保しないとな。そして、明日には再出発したい」
俺は脳内で繰り広げられていた煩悩を振り払いつつ、そう呟く。
俺としてもこの街に来るのはやや久しぶりだが、モニカやニムほどではない。
この街にはアイリスの恩師であるエドワード司祭がいるので、これまでにも定期的に足を運んでいたからだ。
今すぐに済ませたい用事もない。
オルフェスへ向かうために立ち寄っただけの街である。
俺たち3人は、空いている宿を探して歩いていく。
以前使ったところは顔を覚えられている可能性があるため、避けておいた。
幸い、1つ目の宿屋で部屋を確保することができた。
「お客さん、こんな時期に観光かい?」
受付の男性から尋ねられる。
「ええ、まあそんなところです」
適当に言葉を濁す。
ここで変に勘繰られるわけにもいかないからな。
「変わってるね。半年後ならガルハード杯、1年後ならゾルフ杯だってあるっていうのにさ!」
男性が快活な声で笑う。
ああ、そう言えばそんな日程だったか。
各大会が開催される目安時期はあったはずだが、細かく把握していなかったな。
今の俺たちが出場したらどうなるだろう?
ガルハード杯なら上位総なめ、ゾルフ杯でも本戦に出場することはできそうかな?
まぁ、今は時期外れだし、ヤマト連邦の件が先だが。
「下見に来たんですよ。大きな大会を見るのは初めてでして」
「なるほどな。ま、小規模な大会は毎月のようにやってるから、気が向いたら見てみるといいぜ。ただし……」
「ただし?」
「普段のこの街は、結構治安が悪いんだ。気をつけたほうがいいぞ」
「へぇ、そうなんですか」
普通に考えれば、ガルハード杯やゾルフ杯の時期の方が治安が悪くなる気がするけどな。
観光客が増えればそれだけ揉め事も増えるだろうし、参加者やその関係者の戦闘能力は高いだろうし。
――いや、だからこそか?
この国の強者は、いい奴が多い。
アドルフの兄貴、マクセル、ギルバートなどなど……。
大型大会に参加するような者たちは、人格者ばかりなのかもしれないな。
だからこそ、そうした大会が開催されていない普段のゾルフ砦の治安はやや悪いという感じか。
「ああ、特に最近はオルフェス方面からマフィアの連中が流れてきているらしくてな……。おっと、これは関係ない話だったな! 忘れてくれ! とにかく気をつけろってことだ!!」
男性はそう言うと、豪快に笑う。
俺は彼から鍵を受け取り、3人で部屋に入る。
「オルフェスにマフィアがいるらしいぞ。ノーマークだったな……」
俺はつぶやく。
ハイブリッジ男爵領内の情報は普段から仕入れている。
だが、ゾルフ砦は領外だし、オルフェスはそこからさらに遠い。
情報が入ってこなかったのも無理はないが……。
「ま、なるようになるでしょ? たっちゃんもいることだしね!」
モニカが俺の肩に頭を乗せてくる。
彼女の綺麗な金髪からはいい匂いが漂ってくる。
それだけで癒されるな……。
「そ、そうですね。兄さんならきっとなんとかできます!」
ニムも俺の腕に抱きついてきた。
2人とも本当に可愛いなぁ……。
「にしても、3人だけになってもその口調は崩さないんだな」
「まぁね。どこに耳があるか分からないし……」
「そ、それに、”兄さん”と呼ぶのは新鮮で楽しいですから……!」
モニカとニムがそれぞれ答える。
確かに、言われてみれば普段にはないシチュエーションだ。
モニカが俺を愛称で呼ぶのは幼なじみ感があるし、ニムが俺を兄さんと呼ぶのは妹ができたような気分になる。
「いいだろう。2人とも、今日は寝かさないぞ……?」
俺は少し声を低くしながら言う。
こうすることで、より男らしさが増すような気がするのだ。
「ふふっ。ほどほどにね?」
「きゃー。ダメです、兄さん……! あぅ……」
こうして、3人での夜は更けていくのだった。
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