アビス・サーペントの水球に対し、回避が間に合わなかった俺。
思わず目を瞑ってしまう。
だが……いつまで経ってもダメージはなかった。
「……ん?」
俺はおそるおそる、目を開ける。
すると、俺を守るように海の精霊が渦を巻いていた。
「これは……?」
「ちっ。メルティーネか……」
エリオットが忌々しげにつぶやく。
彼女が魔法か何かで援護してくれているらしい。
「メルティーネ! なぜ邪魔をする!? 王族としての責務を忘れたか!!」
エリオットが叫ぶ。
それを聞いたメルティーネ姫は悲しげな表情を浮かべた。
「いえ……。王族としての責務を忘れてしまったのは、エリオット兄様の方ですの……」
彼女は辛そうな声で言った。
それを耳にしたエリオットの顔が歪む。
「なにを……!? 俺は誇り高き人魚族として――」
「もうお止めください!! 今の兄様はおかしいですの! 昔の……優しい兄様に戻って……」
メルティーネ姫は叫ぶ。
その声は震えていた。
「なんだと……? 俺は間違っていない。間違っていないはずなんだ……!」
エリオットが頭を抱える。
彼はひどく混乱しているようだった。
そんな彼の背後に、黒いモヤのようなものが現れる。
そのモヤはいくつかの人型を成していく。
『今代の王子よ……。我らの恨み、忘れたわけではあるまい?』
『海に仇なす人族を……決して許すまじ……』
『憎しみは消えぬ……』
モヤから響く不気味な声。
それは怨嗟に満ちていた。
あれらの存在が、エリオット乱心の原因かもしれないな。
「お……俺は……。俺は、人魚族の英雄になる男だ……! 『海神の化身』よ! 人族を殺せぇ!!」
エリオットは、アビス・サーペントに命令する。
アビス・サーペントは、エリオットの命令に従い俺に向かってきた。
俺は紅剣アヴァロンを構えて――
「邪魔だ。【魔皇炎斬】」
一閃。
アビス・サーペントが真っ二つに切り裂かれた。
「な……!?」
エリオットは驚愕に目を見開く。
その直後、アビス・サーペントは魔素となって霧散した。
自然発生の魔物ではなく、魔道具によって生み出された仮初めの存在だったらしい。
アヴァロン迷宮やリンドウ古代遺跡で倒した魔物も似たような最期だった。
「ば、馬鹿な……! 『海神の化身』がこうもあっさりと……!? しかも、水中で刀身に炎を纏わせるなど……あり得ない……。『海神の呪鎖』が効いていないのか……!?」
エリオットはワナワナと震えている。
そんな彼に対して、俺は言った。
「今までは様子見をしていただけだ。本来の武器を使えばこの通り。連携プレイには少しヒヤリとしたが……。単独で向かってくるなら、対処は容易い」
「くっ……!」
エリオットは歯がみする。
その顔は屈辱に歪んでいた。
「終わりだ。エリオット殿下」
俺は紅剣アヴァロンを上段に構え、詠唱を始める。
「――紅き浄化の炎よ。彼の者の魂を焼き尽くせ……」
周囲を膨大な魔素が覆い尽くしていく。
紅剣アヴァロンの刀身は、真紅の輝きを放なっていった。
「な、ナイ様! そこまでやる必要は……」
「ダメだ。ケジメはつけなければならない」
「そんな……! どうか、どうか兄様の命だけはぁ!」
メルティーネ姫が叫ぶ。
しかし、俺の意思は変わらなかった。
「【アークライト・フレイム】」
俺は紅剣アヴァロンを振り下ろす。
真紅の炎がエリオットを包み込み、激しく燃え上がったのだった。
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