数日後。
ニルスやハンナたち一行は、無事に故郷の村へ到着した。
「道中の護衛、本当にありがとうございました」
「助かります。おかげで、この食料を村まで運べました」
彼らが、同行していたユナや蓮華、それにトミーや雪月花に頭を下げる。
「へへっ。礼ならタカシの旦那に言わねえとな。俺たちはただ依頼をこなしただけだ」
「そうね! 帰ったら、しっかりとタカシさんに報告しておきなさい! この月が、ちゃんと役目を果たしたとね!」
「ええ、わかりました!」
「はい、必ず伝えます!」
ニルスとハンナは、改めて深く頭を下げる。
「では、村長に話をつけてきます」
「少しお待ちください」
そう言って、ニルスとハンナは村の中へと入っていく。
まずは、村長の家に向かおう。
ちなみに、ニルスの実家も同じ方面だ。
その道中で、ニルスがぽつりと言葉を漏らす。
「……懐かしいな。もう1年以上ぶりか」
「そうだね。あの時は、まさかこんなことになるなんて想像すらしていなかったよ」
「ああ。口減らしで奴隷として売られ、お先真っ暗だと絶望していたんだがな。それが今では、お館様に召し抱えられ、破格の待遇で働かせてもらっている。その上、故郷への食料支援まで実現させてくれた。信じられない奇跡だよ」
ニルスがしみじみと言う。
「うん。ほんとうに良かったよね」
ハンナも、ニルスの言葉に同意する。
「しかしこうして改めて見ると、この村の寂れ具合はひどいな」
「そうだよね。でも、それも仕方ないかも。みんな、日々の暮らしで精一杯なんだもん」
「……確かにな」
そうこうしているうちに、村の中ほどに到着した。
近くを歩いていた村人たちが、彼らの存在に気付く。
「こんな村に旅人か? ……って、ニルスじゃねえか! 久し振りだな!」
「それにハンナもいるじゃない!」
「帰ってきたのか! いつの間に!」
ニルスとハンナの顔見知りらしい人々が、次々と声をかけてきた。
「ああ。久しぶりだ」
「みんなも変わっていないようね」
ニルスとハンナがそう答えた。
そのとき、少し離れたところからまた別の者がやって来た。
「ニルス。なぜお前がここにいる?」
「兄さん……」
話しかけてきたのは、ニルスの兄だ。
「まさか、逃亡したのか? 奴隷の脱走は重罪だと、あれだけ言っただろう?」
確かに、奴隷が脱走することは重罪として知られている。
仮にニルスが脱走奴隷であり、この村がそれを匿ったとバレれば、村ごと罪に問われる可能性もある。
兄の懸念も当然だろう。
だが、ニルスは若干の落胆を感じていた。
「(奴隷として売られていった弟と再会して、第一声がそれか……)」
自分の売却金により、この村は一時的に飢えをしのげたはずである。
その事実を知っているはずなのに、こんなことを言われるとは思っていなかった。
別に涙を流して感謝しろとは言わないが、もう少し何かあってもいいのではないか。
ニルスはそんな感情を抱いた。
「…………」
ニルスが無言のまま立ち尽くす。
「どうしたニルス。黙り込んで」
「あ、いや……」
兄の態度に落胆を覚えたのは確かだが、そんなことで村への援助を撤回するつもりはない。
兄だけではなく他の村の者たちのためでもあるし、彼の主であるタカシの厚意を裏切るわけにもいかないからだ。
「ふん。まあいい。それより、さっきの質問に答えろ。お前は逃げてきたのか?」
「いや違う。俺はちゃんと許可を得た上で、この村を訪れたんだ」
「許可だと? 誰の許可を得たというのだ」
「もちろん俺の主だ。そして、ハンナの主でもある」
ニルスがそう答える。
「なるほど……? 2人で同じ奴に買われたのか。ずいぶんと物好きな奴らしいな」
「物好きだと? どういう意味だ?」
ニルスとハンナは、元はごく一般的な村人だ。
特別に優秀なところはなかったものの、逆に何の使い道もない人材というわけでもない。
奴隷としての価格も適切に設定されているし、彼らを購入したからといって物好きだと判断するのはおかしい。
「そのままの意味だ。恋仲の2人を並べて、いろいろとお楽しみなんだろ? 成金の商人か、貴族のボンボンか……。どうせくだらない男なんだろうな」
ニルスの兄がそう吐き捨てる。
恋仲の男女の奴隷を購入し、男が見ている前で女を犯す。
あるいは、その男女を自分の目の前で絡ませる。
特殊な趣味を持つ者であれば、確かにそうした用途で奴隷を購入することも考えられる。
「何だと! お館様を侮辱するな!!」
「お、おいおい。急に怒るなよ。ただの冗談じゃないか」
ニルスが怒鳴り声に、兄が面食らう。
掴みかからんばかりの勢いのニルスを、ハンナが何とか押し止める。
「お、落ち着いてよ、ニルス。早く本題に入ろう」
「…………そうだな」
ニルスが何とか落ち着きを取り戻す。
ハンナはそんな彼の肩に手を置いた。
それから、ニルスが改めて口を開く。
「兄さん。今日はいい話があって来たんだ」
「ほう。どんな話だ?」
「食料支援だよ」
「食料支援?」
ニルスの言葉に、兄が首を傾げる。
「ああ。この村は、まだ食料が不足しているんだろう? 見れば分かるよ」
「確かにその通りだ。特にここ最近は、気候が安定していないことに加え、魔物の数も多くてな。1匹1匹はさほど強くなくとも、数が多い。作物がやられちまっている。その上、瘴気に汚染されているせいで食えないタイプの魔物だからな……」
ニルスの兄が悔しげにそう呟く。
天候に、魔物の発生。
田舎の村にとって、それは対処が難しい問題であった。
領主に陳情もしているのだが、何か事情があるのか、なかなか有効な手を打ってもらえていないのが現状だ。
ニルスたちが持ってきた大量の食料は、村の窮状をひとまず解決する手助けになるだろう。
彼はそんな確信を抱きつつ、兄と話を続けていくのだった。
--------------------------------------------------
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
毎日更新を始めて、早いもので(?)500日が経過しました。
文字数も200万字を超えました。
初投稿の本作の他、10万字以上の長編作品だけでも5作、数万字の中編や1万字以下の短編を含めると20作以上投稿してきましたが、やはり本作には特別な思い入れがありますね。
まだまだ毎日更新を継続していきますので、引き続きお楽しみいただけると幸いです!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!